2016年1月28日木曜日

中国のビジネスリスクについて:外は国境紛争、 中は腐敗、全8回

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JB Press 2016.1.28(木)  茂木 寿
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45855

中国のビジネスリスク(1)
外は国境紛争、
中は腐敗、
中国が抱える政治問題

 日本企業にとって中国は非常に重要な国である。
 例えば、2014年10月時点の中国への進出企業数は3万2667社で、全世界(6万8573社)の約半分を占めている。
 在留邦人数も13万人を越え、米国についで2番目となっている(進出企業数・在留邦人数の出典は外務省)。

 また貿易相手国としては、2014年の日本から中国への輸出額は米国に次ぎ2番目である。
 中国から日本への輸入額は全輸入額の2割を超え、ダントツの1位となっている。

 このように、日本と中国との経済的な結びつきは強く、日本にとって中国は極めて重要な国であると言える。
 そこで今回から8回にわたり、中国におけるビジネス上のリスクについて見ていく。

 取り上げるのは、
 政治問題、
 経済問題、
 社会問題、
 労務問題、
 自然災害、
 治安問題(暴動・テロ等を含む)、
 コンプライアンス問題(PL・競争法違反等)、
 現地でのオペレーションに関わる問題(インフラ問題、火災・産業事故・労働災害、医療・感染症、交通事故など)
についてである。
 第1回は中国の政治問題を取り上げたい。

■国境紛争と民族問題

 中国の政治における最大の特徴は、社会主義国家でありながら市場経済(中国型資本主義)を導入している点である。

4つの基本原則──
(1)社会主義の道、
(2)人民民主独裁、
(3)共産党の指導、
(4)マルクスレーニン主義・毛沢東思想の堅持等
──は憲法にも明記されており、時代の移り変わりと共に徐々に変容しているものの、これを堅持する姿勢は変わっていない。

 そのため、中国では多党制が否定され、実質的な一党独裁体制であり、三権分立も否定されている。
 同時に、私有財産制も否定されているものの、実際には市場経済の導入に伴ない、現在では非常に大きな所得格差が発生している。

 一般的に大国と言われる国は多くの国境を有しており、それに伴い周辺国との間で国境紛争を抱えていることが多い。
 中国の国境の数はロシアと共に世界で最も多いとされている。
 実際に中国は日本との尖閣諸島問題の他、西沙諸島(パラセル諸島)問題、南沙諸島(スプラトリー諸島)問題、インドとの国境問題など、多くの国境紛争を抱えており、そのことが諸外国との外交問題を誘発している。

 北朝鮮に関しては、同国の国際社会の孤立化と不安定化に伴う問題にも腐心しており、極めて難しい対応を迫られている。
 また台湾問題についても、香港・マカオにおける1国2制度を基に台湾との融合を図っているが、台湾市民の多くが懸念を有している。
 そのため、中台関係についても慎重な対応を迫られている。

 大国は一般的に民族・文化・言語などが多様化しており、多民族国家となっていることが多い。
 中国も、主要民族である漢民族が91.6%(米国CIA)を占めているが、55の少数民族が認められており、各自の言語、文化を維持する権利が保証されている。
 一方で、一部民族(ウィグル族、チベット族、モンゴル族等)は、分離独立・高度な自治権を求める動きを続けており、テロなどの過激な活動が発生している状況である。

◆最大の政治問題は深刻な腐敗・汚職

 大国は、連邦制が敷かれ、行政組織が階層化されていることが多い。
 中国においても中央政府・省・市・県・郷(鎮)・村等からなる重層組織となっており、そのそれぞれに公務員がいる。
 また、そのそれぞれに共産党委員会が設置されており、同様に多くの関係者が配置されている。
 そのため、各層の権限等も細分化されていることから、汚職行為が発生しやすい。

 汚職・腐敗問題に対する一般市民の不満は大きく、年間20万件以上発生するとされる暴動等の大きな原因ともなっている。
 汚職・腐敗の問題は中国における最大の政治問題であると言える。

 外国公務員への贈賄禁止については、OECD外国公務員贈賄防止条約が1999年2月に発効し、OECD加盟国を中心に現在約40カ国が同条約に締約しており、国際社会でも取り組みが図られている。

 同条約の締約国は、外国公務員に対する贈賄などを禁止する国内法を制定している。
 特に米国では連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)に基づいて日本企業を含む多くの海外企業を摘発し、巨額な罰金を課すケースが数多くある。

 米国で摘発された例では、汚職・腐敗が実行された国の大部分が新興国である。
 特に中国で実行されたケースはナイジェリアと共に最も多くなっている。
 そのため、中国において、企業の対応如何によっては米国等から摘発される可能性が大きく高まることに十分留意する必要がある。

 一般的に、中国では国営企業の関係者を含めると、国民の20人に1人は公人とも言われる。
 そのため、ほんの一部の汚職行為であっても、件数的には非常に大きなものになると言える。
 例えば、Transparency Internationalが毎年発表している腐敗認識指数のランキング(ランキングが下がれば下がるほど腐敗している)で
 中国は175カ国中100位
となっており、年々ランキングを下げる傾向となっている。

 習近平国家主席は2013年の就任以降、汚職撲滅に向けた取り組みを加速し、共産党および国有企業等の幹部クラスの摘発を大々的に進めている。
 しかしながら、汚職対策がトップダウンによる訴追・処罰に重点を置く形態となっていることから、実効性については、疑問視する向きも多い。

◆山積する政治問題

 中国では、1989年6月4日の天安門事件(六四天安門事件)以降、中国共産党の正当性とナショナリズム高揚のため、愛国主義教育が推進された。
 特に歴史教科書では日中戦争に関する記述が多く盛り込まれている。
 そのため、靖国神社参拝問題、日本の歴史教科書問題等の政治問題への対応については、(日本に対し)強硬な姿勢を堅持している。

 また、最近においては、大規模な対日抗議活動(反日暴動)が
 2005年4月、
 2010年9~10月、
 2012年8~9月
の計3回発生している。
 特に、3回目の2012年8~9月に発生した反日暴動では多くの日本企業が襲撃を受け、被害を受けた。
 その他、対日本の輸出入の通関が遅延したり、労働許可がなかなか認められない等の経済的な問題も発生している。

 さらには、既述の尖閣諸島問題、東シナ海のガス田開発問題などもあり、日中間の政治問題は山積している状況である。

(本文中の意見に関する事項については筆者の私見であり、筆者の属する法人等の公式な見解ではありません)



JB Press 2016.2.4(木)  茂木 寿
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45901

中国のビジネスリスク(2)
実態は?中国社会が抱える「格差」という爆弾

 中国におけるビジネス上のリスクについての2回目は、中国の経済問題を取り上げたい。
 2014年の中国の経済規模は、米国に次いで世界で2番目の経済規模を誇っている。
 しかしながら、中国の経済問題は広い範囲で大きな課題を抱えているのが実情である。
 今回は産業構造、格差の問題、三農問題、知的財産権問題を中心に俯瞰してみたい。

◆地方政府による過剰投資問題

 1978年12月の第11期三中全会で改革開放路線を採用して以降、中国政府は計画経済から市場指向型経済への改革を継続している。
 この経済体制は「中国的社会主義市場経済」と呼ばれており、中国の経済体制は資本主義と社会主義の混合経済であると言える。

 2001年のWTO加盟以降、中国経済は高い経済成長を遂げているが、その大きな原動力となったのが投資であった。
 中国においては総資本形成(設備投資・公共投資・住宅投資等)がGDPの約半分を占めており、世界の中でも突出している。
 この背景として、中国では社会主義体制のまま資本主義に移行したため計画経済と資本主義が混在した状態であり、計画経済を基とした地方政府・国営企業に過剰投資の体質があることが挙げられる。
 つまり、
 民間企業は経済状況が悪化すれば投資を停止するが、
 地方政府・国営企業は経済が悪化しても計画通り投資を実行する側面があるのだ。
 なお、中国政府・共産党は、地方政府による過剰投資問題を十分に認識しており、今後、消費主導の成長経済に移行する方針を掲げている。
 だが、スムーズに移行できるかは予断を許さない状況である。

 中国の産業構造の特徴は(GDPの構成比において)第2次(工業)、第3次産業(サービス業)が拡大する一方、従事者数においては依然として第1次産業(農業)が大きな割合を占めていることが挙げられる。
 そのため、1人あたりの生産額では第1次産業が低い水準にとどまっている。

 産業別では第2次産業が半分近くを占め、経済成長を支えてきたが、第3次産業も着実に上昇し、2013年に初めて第2次産業を上回った。
 それでも、先進国に比べれば依然として第3次産業のシェアは低い。

◆社会を不安定化させる格差問題

 人力資源・社会保険部の「人力資源・社会保障事業統計」によれば、
 2011年の都市部の非私営企業の年平均賃金は4万2452元
 都市部の私営企業は2万4556元となっており、「約1.7倍」の格差となっている。
 この非私営企業と私営企業の平均賃金格差は、縮小する傾向があるとはいえ依然として大きな格差が存在している。

 また、業種間にも大きな賃金格差が存在している。
 例えば、中国国家統計局が非私営企業・私営企業および業種別に発表している年平均賃金によれば、2010年の非私営企業の中で最も賃金の高い金融業(8万772元)と最も低い農林牧畜水産業(1万7345元)との間には約4.7倍の格差がある。
 また、製造業(3万700元)と比べても約2.6倍の格差が存在している。
 中国国家統計局によれば、2011年の農村部の1人当たり純収入は6977元。都市部の1人当たり可処分所得は2万1810元となっており、その格差は3倍以上となっている。
 また、直轄市・省レベルにおいては、最上位の上海市と最下位の貴州省の1人当たりGDPの格差は2000年の段階で10.9倍に達していた。
 格差は縮小傾向にあるが、2010年の段階でも5.8倍の格差が存在している状況である。

 中国の所得格差の実態を把握するのは困難である。
 1つの指標としては「ジニ係数」があるが、2000年代初頭以降、中国政府は発表していなかった。
 中国国家統計局は2013年1月18日、2012年の経済実績を発表する記者会見の席上、記者の質問に答える形で、ジニ係数を2003年に遡って公表した。
 2003年以降の数値は以下の通りである。

2003年:0.479
2004年:0.473
2005年:0.485
2006年:0.487
2007年:0.484
2008年:0.491
2009年:0.490
2010年:0.481
2011年:0.477
2012年:0.474

 これによれば、ジニ係数は2008年にピーク(0.491)に達し、その後漸減している。
 一方、社会学的にはジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化するとされており、決して低い係数ではない。
 また、2012年末、西南財経大学家庭金融研究中心が2010年のジニ係数は0.61であると発表したのに続き、
 北京師範大学管理学院・政府管理研究院が2012年は0.5以上と発表するなど、
高い格差が存在することが指摘されている。

◆出稼ぎ農民の増加で農村が荒廃

 「三農問題」とは、
 「農業」の立ち遅れ・低生産性、
 「農村」の疲弊・荒廃、
 「農民」の貧困化
という問題の総称である。
 1978年の改革開放路線への変更以降、中国は大きな経済発展を遂げた。
 その最大の原動力となったのが「農民工」である。
 農民工とは内陸を中心とした農村部から経済発展の中心となった沿岸都市部の工場等への出稼ぎ労働者の総称である。
 元来、中国は戸籍を「農業戸籍(農民)」と「非農業(都市)戸籍(都市住民)」に分類しており、一般的に移動の自由を規制していた。
 しかしながら、改革開放後は経済発展が進み工業化が進展したことで、沿岸部の労働集約型産業では労働力不足が顕在化した。
 そこで、農民に対して臨時的に都市部での就労を許可した。
 これにより、数多くの農民が都市部に流入し、経済発展の原動力となったと言える。

 一方、この農民工の増大は、農業に従事する農民の相対的な減少と、農村の荒廃を招く結果となった。
 また、都市部に流入した農民工は貧民層を形成することとなり、
 都市部での格差の顕在化をもたらすこととなった。
 さらに、都市近郊の農村では急激な都市開発が進み、その過程で十分な補償もない強制収用が数多く発生し、農民の不満が鬱積するという社会問題も発生することとなった。

 人口就業統計年鑑によれば、
 2011年の総人口13億4531万人の内、
 農業戸籍は65.8%、

 都市戸籍は34.2%
となっている。
 一方、中国統計年鑑によれば、
 2011年の居住地別の人口は
 都市部が6億9079万人で全体の51.27%、
 農村部が6億5656万人で48.73%
となっている。
 このことは、単純計算でも、2億人以上の農民工が都市部等で就労していることを物語っている。

 中国政府・共産党は1990年代後半以降、この三農問題を政策の中心に据え、対策を急いでいる。
 近年では、これまで農民戸籍者が都市で働く際に発行されていた
 「暫住証」を廃止し、「居住証」という、当該都市に居住する権利をある程度認める取組もなされている。
 また、2003年以降は「農民の市民化」政策が進められており、農民にのみ課せられていた農業税・各種費用負担の撤廃、農業補助金等の予算措置の充実なども進められている。

◆知的財産権侵害が多発

 中国は2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟し、知的財産権に関するTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定:Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)が適用され、対応する国内法の整備が進めらている。
 しかしながら中国では、2001年のWTO加盟以降、製造業を中心に著しい経済成長をみせる過程で、著作権侵害、商標権侵害等の知的財産権侵害が多発し、国際的に問題となっている。
 これに対して欧米各国が中国に改善を要請しているが、いまだ途上であると言える。

 なお、米国通商代表部(USTR)は知的財産権侵害に関して、中国をスペシャル301条の優先監視国に指定しており、2007年4月には知的財産権保護が不充分でTRIPS協定に違反しているとの理由で中国をWTOに提訴した事例もある。

 経済産業省が2012年4月に発表した「第6回 中国における知的財産権侵害実態調査」によれば、日本企業が中国で受けた知的財産権侵害の内訳としては、商標権侵害(2万709件)が突出しており、全体の62.4%を占めている。
 これに著作権侵害(8758件)、意匠専利権(意匠権)侵害(3450件)が続き、その他、製品品質法4違反(105件)、発明専利権(特許権)(81件)となっている。

 ちなみに、業種別では発明専利権(特許権)侵害では「電子・電気」が48.1%、製品品質法違反では「自動車・二輪車(部品含む)」76.2%を占める結果となっている。

(本文中の意見に関する事項については筆者の私見であり、筆者の属する法人等の公式な見解ではありません)





【激甚化する時代の風貌】



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