2016年1月26日火曜日

台湾選挙における中国の敗退(3):民進党は結局は国民党のようになってしまう可能性もある

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東洋経済オンライン 2016年01月26日 楊虔豪 :台湾人ジャーナリスト
http://toyokeizai.net/articles/-/102119

台湾学生運動リーダーが案ずる新政権の進路
結局は国民党のようになってしまう可能性も


ひまわり学生運動でリーダーとして活躍した林飛帆氏は、今回の総統選挙をどう見ているのか
1月16日に行われた台湾の総統選挙では、最大野党の民主進歩党(民進党)候補の蔡英文主席が与党・中国国民党(国民党)の朱立倫主席に300万票もの大差をつけて勝利。
同日行われた立法院(国会)選挙でも、定数113議席のうち民進党が68議席を獲得し、結党以来初めて過半数を制した。
野党の勝利は、2014年3月の「ひまわり学生運動」で政治に目覚めた若者たちが、現在の馬英九政権に対する反感が募ったことが理由の一つとされている。
では、そのひまわり学生運動でリーダーとして活躍した林飛帆氏(27)は、今回の二つの選挙をどう見ているのか。
彼自身も立法院選挙では、参戦した新政党「時代力量」など、野党側を応援していた。今
回の選挙や台湾政治について、林氏に聞いた。

■国民党は老化していくだけの政党

――今回、国民党が民進党に大敗を喫しました。その理由をどう見ていますか。

 国民党は総統選でも敗北、立法院でも前回議席数からほぼ半減した。
 今後、国民党が再起するのは厳しい状況ではないか。
 国民党はすでに高齢の政党といえる。そ
 の組織文化や選挙対策は、すべて旧来のものだ。
 今回の選挙に出馬した国民党の候補者は、ほとんど老齢の政治家だった。
 国民党は若い層に食い込み、ともに参加できるような体制に変わらなければ、参加したいと思う若者はいなくなるだろう。
 国民党にとっても、若い候補者を出馬させたり、既得権益から解放されようと考えなければ、さらに老化していくだけだろう。

 また、国民党が掲げている政策の多くが、台湾人からすれば唾棄すべきものだ。
 親中的な経済発展路線や財閥など大企業に近い産業政策、そして国土開発や環境問題など、本来であれば国民党は市民社会とこれほどまで対立する必要はなかったのに、彼らは対立を招くようなことばかりやってきた。
 国民党は資本家と市場に傾いた。
 グローバル化を例にとっても、台湾にとって重要な政策の大部分でも、台湾国内で対立と葛藤を招いた。
 これで、国民の思いとは正反対の側に国民党が立ってしまうことになった。
 これこそ、国民党がここまでの凋落を招いた理由だろう。

――2014年のひまわり学生運動が今回の選挙に与えた影響をどう見ていますか。

 率直に言えば、今回の選挙の投票率はとても低いものだった。
 2012年の74.38%から66.27%と10%近く落ちてしまった。
 若者たちの間で「帰省して投票しよう」と呼びかけ合い、多くの若者たちがそうしたが、彼らの投票率が実際に高いのか低いのか、よくわからない。
 ただ若者の投票率が低くなったのではなく、
 中高年層が投票しなかったことが投票率を押し下げたとみるべきだろう。

編集部注:
 台湾のシンクタンク「台湾智庫」の調査によれば、今回の選挙において20~29歳の有権者の投票率は74.5%だった。
 そのうち、総統選では、20~29歳の有権者の54.2%が蔡英文候補に投票し、国民党の朱立倫候補には6.4%。30~39歳の投票者のうち、蔡候補には55.5%、朱候補には5.0%だった

■民進党は両岸関係で国民党と同じことをやる?

 ひまわり学生運動による影響について、新政党の「時代力量」を例にして言えば、彼らの候補者、たとえば主席の黄国昌氏はこの運動と関係が深かった。
 台湾の国民からすれば、時代力量は台湾の政治において「ひまわり学生運動で生じた力の継承者」とみることができる。
 その脈絡において、時代力量が今回の選挙で5議席を得たことは指標的な意味があると思う。
 ひまわり学生運動が政治にうまく介入できたということだ。

 しかし、反省すべき部分もある。
 時代力量が議会入りしたことをもって、ひまわり運動の全部を代表することはできない。
 選挙区選挙で当選した時代力量の3人の候補、すなわち黄国昌、洪慈庸、林昶佐の各候補者は、選挙戦で民進党と協力関係にあったものの、比例代表における政党票ではそれほど多くの票を集めたわけではない。
 一方で、同じ時代力量から新竹市の選挙区から出馬した邱顯智候補は選挙期間中、常に民進党と競争関係にあり、民進党と妥協しなかった。
 結局落選したものの、政党票ではこの選挙区で最高の得票率となった。
 この点は注目すべきだろう。

――大勝した民進党ですが、彼らに問題はありませんか。

 民進党は過去、憲法改正や国民投票法、そして政党法などに対し修正案を出したことがあるが、勝利した後にこれらを継続して推進していくのかに注目している。
 また、選挙戦中にははっきりと説明しなかったが、両岸関係(中国と台湾の関係)の経済・貿易問題などで国民党と同じような路線を進むこともありうると思う。
 今後の民進党は、保守的で安定・安全路線を進むだろうし、受け身の姿勢に入るかもしれない。
 そのため、両岸関係は大幅に調整される可能性は低くなることを、われわれは心配している。
 今後も注意して見ていく。

 また、他の新興政党と比べ、民進党は自由貿易・経済開放路線に傾いている政党だ。
 そんな路線を展開していく過程で、どういう条件を台湾が持って、どのような手続きを踏まえて国民に納得してもらえるようにするのか。
 この点で、民進党がどうするのかはまだ予測できない。
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)のような自由貿易協定の問題など、対外経済の問題において国内での対立が高まると考える。

――時代力量のような新興政党の活動が、今回の選挙で大きく取り上げられました。
 国民党・民進党の2大政党制に風穴を開けるものとして「第3勢力」と呼ばれましたが、第3勢力政党の動きをどう評価していますか。

 第3勢力が出現し、実際に選挙戦で競争を繰り広げたことは、台湾において初めてのことだった。
 設立1年にも満たない政党らが、比例代表での政党票で言えば、時代力量が6.1%を獲得して議席を得た。
 また、緑党社会民主党連盟も2.5%を獲得した。
 緑党社会民主党連盟は議席を獲得できなかったが、このような結果を残したことは台湾では非常にまれであり、今後の台湾の選挙においてとても重要な意味がある。
 第3勢力が台湾の未来の政治を変えることもありうる。

■「第3勢力」の出現は多くの政治参加者を増やした

 緑党社会民主党連盟は議席を得られなかったと言っても、選挙区選挙での立候補者が得た得票率を見ると、来る地方選挙で市議会議員候補として出馬すれば当選者が出てもおかしくない。
 今後、地方で議席を得ることになれば、より多くの政治参加者を育成し、将来は首長選挙でも突破口を開くことになるかもしれない。

――時代力量をはじめ、第3勢力は政策的に似ている民進党と協力するケースが目立ちました

 これら第3勢力の勢いが選挙戦後半で想定を上回ったため、民進党はあわてて「緊急事態」を宣言した。
 民進党の政党票が想定よりも大きく減る可能性があると見たためだが、この緊急事態宣言は、特に時代力量にとっては一種の脅しになったかもしれない。
 「今は協力しているが、いつでも時代力量に向かう票をこちらに回すことができるのだぞ」
といった警告として映ったのではないか。
 そのため、時代力量が獲得した政党票は予想よりも少なかった。

 次の選挙では、時代力量は民進党と協力、あるいは譲歩すべきかどうかという問題に直面するだろう。
 時代力量の自主性・独自性が民進党に奪われるかどうか、次の選挙こそ正念場だ。
 2月1日から始まる立法院で、民進党との関係をどうしていくのか、あるいは彼らに対抗するのかどうかを注目すべきだろう。

――第3勢力の核となった時代力量と緑党社会民主党連盟は、もともと同じ団体でした。
 なぜ分裂したのでしょうか。

 当初、両者は「公民組合」を結成し、それから分裂して政党を設立することになった。
 選挙対策の点で双方の意見が食い違った。
 それは、民進党とどのような戦略的関係・協力を行うか、という問題だった。
 時代力量の戦略は、地方区選挙では民進党と交渉したり世論調査の結果によって自党の候補者を出馬させるという方針だった。
 若干の混乱は生じるといえども、時代力量と民進党を支持する基礎組織はともに協力していた。

 緑党社会民主党連盟は、民進党との協力はしなくてもいいと強く主張していた。
 とはいえ、選挙戦後半の動きをよく見てみると、社会民主党の范雲主席は自ら出馬した選挙区などで民進党の蔡英文氏のイベントに出席したり、民進党の院内代表とも会うなど、蔡英文支持を直接訴えていた。
 時代力量と緑党社会民主党連盟の違いは、投票日に近づけば近づくほど目立たなくなっていた。

■労組を大量動員した選挙戦に驚き

 一方、比例代表の政党票で見ると状況は変わってくる。緑党社会民主党連盟のうち、緑党は比較的自主性を維持し、他の政党と協力せず、また誰とでも交渉して協力することにやぶさかではない。
 彼らの選挙戦略は、すべてマイペースだった。

 また、緑党の比例代表名簿1位だった張麗芬候補は、今回の選挙で多くの労働組合員を動員した。
 労組を大規模に動員することは、台湾の政治では非常に珍しい。
 議席は得られなかったが、労組を動員して選挙戦を戦うという流れが次の選挙にまで維持されれば、地方選挙などにも影響を与える可能性がある。

――時代力量に対して、「民進党の翼賛政党」という指摘が少なくありません。
 この指摘についてはどう見ますか。

 今回の選挙期間中での双方のやりとりなどを見ていると、「そんな指摘は的外れだ」と単純に言うことはできない。
 前にも触れたが、民進党と今後どのような距離を置くのかが、時代力量が今後直面する課題だ。
 国土開発や経済・貿易政策、TPPといった市民社会と政権と対立が生じやすい問題など、時代力量はどう処理していくのか。
 民進党とは決別して自らの道を進んでいくのか、そしてそんな態度が多くの支持を得られるものなのか。
 時代力量は民進党との差別化を図るのかどうか、今後じっくりと観察すべきことだろう。

――日本など海外から台湾を見ると、やはりTPPなど対外関係をどうしていくのかに関心があります。
 蔡英文氏も、当選直後に自由経済圏など対外経済を強化していくことに言及しています。
 TPPについてどう考えていますか。

 米国では現在、多くの政治家がTPPに反対している。
 台湾ではTPPが成立していく過程についてあまり考えていないようだ。
 われわれはただ、「加入すれば国際社会から認められるようになる」とだけ考え、加入すればどうなるかについての議論が少ないように思える。
 「加入すれば台湾は保護され、それは国益にかなう」と考えているようだが、はたしてどの程度の国益にかなうのか、しっかりと議論されていないのではないか。

■自由貿易の深化・拡大は国益にかなうのか

――ひまわり学生運動のきっかけとなった「サービス貿易協定」、これは中国との自由貿易協定であるECFA(両岸経済枠組み協定)の一部ですが、さらに「物品貿易協定」をどうするかという問題が立ちはだかります。
 この協定について、どう考えますか。

 この協定についての交渉が一時停止されている。
 民進党は今後、「両岸協議監督条例」の成立を処理し、この協定について交渉するのか。
 あるいは国民党のように、一方では交渉し、もう一方では成立できるように処理していくのか。

 「両岸協議監督条例」は、中国との交渉はその中身や過程を立法院で監督することを内容にしている。
 われわれの希望としてはもちろん、「両岸協議監督システム」を法制化する前に、両岸関係に関するどのような交渉も合意もしてはいけないという、ひまわり学生運動当時にわれわれと与野党が約束したことが守られることだ。

――投票日直前になって、一つの事件が台湾に大きな影響を与えました。
 韓国のガールズグループに所属する台湾出身の歌手が「中国人なのか、台湾人なのか」という敏感な問題をめぐって難しい対処を迫られ、その結果、彼女が所属する韓国の芸能会社はもちろん、中国に対しても強い反感を台湾国民が持つようになりました。
 結果、国民党からさらに票が逃げ、民進党などに流れ込んだという見方があります。

 台湾の国際的地位と尊厳は、今後も台湾が向き合わざるをえない課題だ。
 とはいえ、「台湾は主権を持つ独立国家」と海外で納得させられるのか、その方法などを今後もより強化していく必要があると思う。
 制度的にわれわれがどのような方法で協力するのか、憲法を改正するなど法的にどのように処理するのか。
 そんな議論と行動をしなければ、似たような問題が今後も起きるだろう。

■政治に関する多くのことを街で学んだ

――最近、自分のフェイスブックに「修士号を取った後、海外で勉強したい」といったことを書きましたね。
 政界への進出は、その後の選択の一つになるのでしょうか。

 いま私が果たしている役割、これまでの社会闘争などすべて政治の一部分だと考えている。
 政治については政界進出が唯一の選択だと考える人は多いが、私はそう思わない。
 私がやってきた社会運動も、台湾社会を変えるというものだ。
 政界進出について、まだ考えていない。

――学術的なことと実践的な社会運動の二つには、どのような違いがあると考えますか。

 私がこれまで得てきた政治に関する知識と経験の大部分は、街に出たことによって得られたものだ。
 学校で教えられたものは、運動中にはそれほど役に立たず限界があった。

 しかし、今になって振り返ってみると、運動を行った後、運動そのもの、そして自分たちについて省みる必要がある。
 これまでの経験への反省を通じて、社会運動を改めて理解し、運動が再び成功できるような方法を考えるべきだ。
 これは、運動から離れて観察し、学ぶべきものだろう。



2016.1.28(木)  The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45907

中台関係:独立の幻覚と流れ去る雲
(英エコノミスト誌 2016年1月23日号)

台湾の選挙の好ましくない結果に応えるうえで、
中国には良い選択肢がほとんどない。

 「長征」を経験した中国共産党指導部の第一世代は常に、一刻も早く台湾が本土と「再統一」するのを見届けたがっているようだった。
 敗北した国民党が最後の砦として台湾に閉じ込められる形で1949年に終結した国共内戦でやり残したこの仕事は、自分たちの未熟な後継者に任せるには神聖すぎる任務だった。
 だが、最後の長征経験者が死に絶えた今も台湾は事実上独立しており、本土復帰の期限も定められていない。

 現在の第五世代の指導者である習近平氏は2013年、中国の忍耐は限界に近づいている、問題をいつまでも次世代に引き継ぐことはできないと述べた。
 習氏は政治対話を求めた。

 だが、1月16日の台湾の選挙の結果は、このような対話――そして再統一そのもの――がかつてないほど遠のいたことを示している。
 習氏は、過去数世紀で最も強大になった国の、過去数十年間で最強の指導者だ。
 だが、今回の結果について習氏に何ができるのかは定かでない。

◆台湾の選挙結果が意味すること

 中国は今でも、台湾が正式な独立を宣言するようなことがあれば、力ずくで台湾を奪い取ることも辞さない構えだ。
 最終的な再統一という目的を放棄できる指導者はいない。
 習氏にとっては、再統一は国民の誇りと威信を完全に取り戻す「中国の夢」の一部だ。

 だが、台湾に対する中国のアプローチは時に驚くほど現実的だった。
 冷戦時代には、1日おきに砲撃する予定を立てるのが常になっていた。
 もっと良好な時期には、両岸は正式な関係が何一つないまま、繁栄する経済関係を保っていた。

 中国の台湾戦略は近年、こん棒で殴るより、ご機嫌を取ることに大きく依存してきた。
 特に馬英九総統が2008年以来担った8年間の政権は、中台経済統合を拡大・強化する合意を立て続けに結んだ。
 だが、国民党の中国寄りの政策が台湾経済に活気を与えられなかったと受け止められたことが、台湾独立運動にルーツを持つ民進党が選挙で圧勝する大きな要因になった。


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ニューズウイーク 2016年2月9日(火)16時25分 譚璐美(作家、慶應義塾大学文学部訪問教授)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4492_1.php

だから台湾人は中国人と間違えられたくない
中国政府に「同胞」とみなされるからこそ、
台湾人は冷遇され、逮捕・監禁や会社乗っ取りの憂き目に遭ってきた


●台湾と中国 中国政府の脅威に対する反発から、台湾では若い世代を中心に「台湾人」意識が高まりつつある(2014年、学生たちが中台のサービス貿易協定発効に反対して起こした「ひまわり学生運動」で、立法院内で椅子を積み上げてバリケードを築く若者) Pichi Chuang-REUTERS

 旧正月(春節)が始まった。
 中国人の"民族大移動"は例年通りだが、実際に日本へ押し寄せる中国人観光客が「爆買い」する姿を目にすると、やはりその熱気に圧倒される。

 しばらく前の話になるが、来日した「台湾人」観光客が、日本では中国人と間違えられないよう、無言で静かに観光しているというニュースを見た。
 同じ中華民族とはいえ、教養とマナーを重んじる台湾の人々が、傍若無人なふるまいや大声で話す大陸育ちの中国人と一線を画したいと願う気持ちが伝わってきて、心が痛んだ。

【参考記事】銀座定点観測7年目、ミスマッチが目立つ今年の「爆買い」商戦

 だが、台湾の人々が無言を決め込む相手は、一部のマナー知らずの中国人だけではないだろう。
 彼らの背景に透かして見える、もっと横暴な中国の国家体質をつい連想してしまうからではないだろうか。

 日本では報道される機会は少ないが、実は、中国ビジネスに携わる台湾の企業家たちが中国で理不尽な扱いを受けたり、会社を乗っ取られたりするケースが頻発している。

 カナダの中国語ケーブルテレビ局「新唐人」(2015年7月3日放送)によれば、中国の湖南省でビジネスを展開して15年になる台湾の企業家が、脱税容疑で逮捕されて取り調べもないまま、現在も中国で軟禁されているという。
 企業家の妻は、
 「中国の株主がコネを利用して衡陽県公安局に通報し、会社の帳簿を渡しました。
 そのあと私服警官がやって来て、逮捕状もなく夫を連行しました」
と涙ながらに訴える。

 トラブルの発端は、合弁のパートナーである中国企業が、台湾の企業家が所有する6割の株を奪おうとしたことだった。
 企業家は4月に台湾に戻って、台湾政府の対中交渉の窓口機関である「海峡交流基金会」に訴えた。
 すると間もなく中国側パートナーが話し合いを申し入れてきたため、中国へ行くと、複数の警官が会社にやって来て連行された。
 37日間勾留された末にようやく証拠不十分で釈放されたが、今も中国側パートナーが牛耳る工場に軟禁されたままだという。
 「海峡交流基金会」が中国政府に抗議したが、返答はないままだ。

 こんな事例もある。
 14年前から四川省綿陽市の経済技術開発区に工場を開設し、総額5億台湾ドル(約19億円)を投じて順調に経営していた台湾の企業家が、2013年に突然、市当局から合弁契約の無効を宣言された。
 現地の司法機関に訴えたが認められず、国外退去になったという(同、2015年2月10日放送)。

■政府と警察、合弁パートナーが結託して逮捕・拘禁

 こうしたトラブルは、絶え間なく発生してきた。
 振り返れば、1979年、当時の最高実力者・鄧小平が「経済改革・開放政策」を打ち出して以来、中国は世界各国へ向けて対中投資を呼びかけ、積極的に外資導入に力を注いできた。
 90年代に入って経済成長が軌道に乗ると、台湾へもラブコールを送るようになった。
 1997年の「香港返還」でイギリスから香港を取り戻し、アヘン戦争以来の「百年の大計」を達成したことで、次の目標を台湾へと見定めたからだろう。

 中国と台湾の雪解けとなったのは、2008年5月、台湾で国民党の馬英九が総統選挙に勝って政権を獲得し、中台関係の改善に乗り出したときだ。
 馬英九が、李登輝政権時代から15年間奮闘してきた国連加盟を目指す運動をやめ、陳水扁前政権が拒否した中国のパンダ受け入れにも応じたため、台湾では一躍パンダブームが起こり、中国への関心と親しみを感じるようになった。

 中国では、国務院台湾事務弁公室に「政党部」を新設して対話姿勢を打ち出し、1949年以来断絶していた国民党と共産党のトップ会談が実現した。
 今後は年2回のペースで定期的にトップ会談をするということも決定。

 トップ会談から7か月後の2008年12月には中台間に定期直航便が就航し、中国大陸から初めて台湾に観光客が訪れた。
 文化、芸術、メディア、その他各分野で幅広い交流が開始され、中国企業の台湾投資、台湾企業の中国投資も始まって、中台交流は怒涛の勢いで広がった。

 だが、世界中の大企業が鳴り物入りで対中投資に邁進する華やかな舞台の陰で、台湾企業に対する中国の対応は驚くべきものだった。

 当初は歓迎ムードの中で、中国は合弁事業を盛んに推奨し、台湾企業に対する税制の優遇措置や各種法的手続きの簡素化を約束した。
 台湾企業も中国進出にあたり、中国語が通じる相手との合弁事業は意思疎通の面でも問題なさそうだと判断した。
 やがて台湾の中小企業の企業家たちが福建省や広東省を中心に、中台合弁事業、次いで台湾の独資(全額投資)事業を次々に立ち上げた。

 だが、合弁企業が操業を開始してようやく利益を上げるようになると、状況は一変した。
 ある日突然、地元の警察がやって来て、脱税や各種違法行為などを口実に、台湾の企業家を逮捕・拘禁。
 そして合弁パートナーである中国企業に所有権を移すようサインを強要したのである。
 サインしなければ何か月でも勾留すると恫喝され、サインをすれば会社を失って国外退去にされるのだ。

 地方政府と公安警察、合弁パートナーである中国企業が結託しているために、対抗手段はなかった。
 都会では少なかったが、物価が安い地方都市や閉鎖的な農村部に進出した中小企業の経営者に、こうした災難に遭う人が多かったようだ。
 一説によると、当初の10年間に拘束された台湾の企業家は150人を下らないとも言われている。

 2010年6月に「両岸経済協力枠組協議(ECFA)」が締結されたことで、こうした不法行為はなくなると期待されたが、台湾の企業家たちの被害は一向に減らなかった。
 前出の「新唐人」(2011年10月2日放送)によれば、ECFA締結の後、被害を受けた台湾の企業家25人が合同で台湾立法院に陳情書を提出して支援を求めた。

 抗議デモも2度行い、3度目の抗議デモを準備していたとき、台湾へ商用で訪れた中国の官僚からデモを取り消すよう脅迫電話を受けた。
 台湾の対中交渉窓口のひとつである「大陸委員会」が中国政府に異議を申し立て、
 「わが国では集会やデモは法律で保障され、憲法で定められた国民の権利です。
 政府は国民の集会の自由と権利を尊重します」
と、懸念を表明した。

 こうした被害が次々に発覚して台湾メディアで取り上げられるようになると、台湾世論から反発の声が上がり、中国への好感ムードが一気に冷めていったのだ。

【参考記事】次の台湾総統を待つFTAとTPPの「中国ファクター」

 それでも経済交流は進んだ。
 中国に対する警戒感をぬぐえないまま、今や台湾の輸出額の約4割は中国向けで占められ、中国へ進出した台湾企業は10万社にのぼっている。
 中国在住の台湾出身者も福建、広東、上海などを中心に100万人に達し、毎年の中台往来者総数は500万人規模にまでふくれあがっている。

■中国政府は身内である「中国人」を最も冷遇する

 それにしても、なぜ中国はこれほど「台湾人」に対して理不尽な扱いをするのか。

 その疑問を解くカギがある。
 実は、中国には「中国人の区分」があるのだ。

「中国人」――中国国内に住む人
「同胞」――香港、台湾在住の人
「華僑」――海外在住で中国籍を所持する人
「華人」――海外在住で外国籍を所持する中国系の人

 この区分は出入国管理上の便宜的な区分なのだが、それ以上に重要なのは、ひとたび政治的な問題が持ち上がると、処遇の優劣や処罰の程度に大きな格差が生まれる点にある。

 通常の国であれば、政府は自国民に対して手厚い保護を与えるものだが、中国の場合はまったく逆である。
 つまり身内である「中国人」が最も冷遇され、台湾と香港の「同胞」は「中国人」と兄弟同然の近しい間柄として、身内に準じて冷遇される。
 台湾の企業家たちが中国で頻発する企業の乗っ取り事件に遭遇しやすいのは、このためだ。
 「華僑」や「華人」は海外に住んでいる親戚か遠縁にあたる関係とみなされ、一応の配慮を受けることが多いし、
 「外国人」ならお客様として丁重に扱われる
というわけだ。

 こうした区分があるゆえに、「中国人」は海外へ出て、「同胞」から「華僑」、「華人」へと身分を変えて身の安全を図ろうとする。
 外国籍を取得して「華人」となり、他国の保護を得られるパスポートを所持して中国へ戻れば、安心してビジネスに専念できると考えるからだ。

 もっとも、2014年11月に中国で「反スパイ法」が発足して以来、日本人を含めた多くの外国人が容赦なく逮捕・拘禁されるようになった。
 これまでのように国外退去処分では済まされず、中国国内の刑罰を受ける可能性が高くなった。
 今や経済成長を果たした中国が、政権維持と権力強化を目指して、地球規模で威力を増大しているということなのか。

 台湾では、先月実施された総統選挙で、台湾の「自由」と「民主」を政策に盛り込んだ民進党が圧勝した。
 若い世代を中心に「台湾人」意識が盛り上がり、民進党に新たな未来を託した証である。
 それはまた、時々刻々と迫りくる中国政府の脅威に戸惑い、恐れつつも、反発する強い心の現れでもあるはずだ。
 今後、中国の脅威がさらに強まれば、きっと「台湾人」意識は一層強固なものになっていくにちがいない。

 春節の季節に、日本の観光地を無言で静かに歩いているアジア人を見かけたら、台湾からの観光客かもしれない。
 先日発生した台湾南部地震の被害も深刻だ。
 政治も地震も両方の意味で、「応援していますよ!」と、日本語で声をかけてみるのも良さそうだ。

[執筆者]
譚璐美(タン・ロミ)
作家、慶應義塾大学文学部訪問教授。東京生まれ、慶應義塾大学卒業、ニューヨーク在住。日中近代史を主なテーマに、国際政治、経済、文化など幅広く執筆。著書に『中国共産党を作った13人』、『日中百年の群像 革命いまだ成らず』(ともに新潮社)、『中国共産党 葬られた歴史』(文春新書)、『江青に妬まれた女――ファーストレディ王光美の人生』(NHK出版)、『ザッツ・ア・グッド・クエッション!――日米中、笑う経済最前線』(日本経済新聞社)、その他多数。



レコードチャイナ 配信日時:2016年2月10日(水) 9時20分
http://www.recordchina.co.jp/a128694.html

国民党は使命を終え、「3分の1」政党に転落する
=習近平政権も蔡英文民進党政権と対話へ―東京外大准教授

  2016年2月8日、台湾問題に詳しい小笠原欣幸・東京外国語大准教授が「台湾総統選を読み解く」と題して講演した。
 台湾を統治してきた「1強政党」としての国民党は、役割が終了、「3分の1」政党となる、
 と指摘。
 台湾社会で高まる「台湾アイデンティティー」を重視する民進党をはじめとする勢力が今後も多数の支持を獲得することになるとの見通しを示した。
 発言要旨は次の通り。

 今回選挙によって国会も民進党が過半数を制した。
 実質的には初めての政権交代と言える、歴史的な選挙となった。
 国民党は1強政党として戦後台湾を支配・統治してきた役割を終了、今後は「3分の1」政党となるだろう。
 役割が変化し、中国共産党の提携パートナーとして存続していくのではないか。
 台湾の政党政治の構造が変わっていく。

 馬英九政権は2008年以降、台湾重視を強調しつつ、中国との関係改善を進める対中政策を進めてきた。
 これは台湾社会で高まる「台湾アイデンティティー」と大国化する中国との間で微妙なバランスを意識した路線だった。
 しかし「台湾化」を唱えたものの、習近平国家主席との駆け引きの果てに、「台湾化」も「中華民国擁護」も後退した。
 中国との経済関係を緊密化したにもかかわらず、向上しない台湾経済の現状も敗北の一因となった。

 蔡英文・民進党政権の運営は経済も中台関係もいばらの道で、民衆から不満は必ず出るが、その受け皿は国民党ではなく、第3勢力の諸派勢力となろう。
 民進党は「台湾アイデンティティー」を味方につけている。
 蔡氏も馬氏と同様、「現状維持」と言っており、習氏も異論はないだろう。
 台湾を締め付ければ台湾の人々の嫌中感情が高まることになる。
 中国は台湾の民意を代表する民進党と対話せざるを得ない。





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