2016年1月20日水曜日

2016日本の地政学リスク:米国以外「すべて沈没」という驚愕シナリオとは、「地政学」で2030年の世界を読む

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東洋経済オンライン  2016年02月08日 ピーター・ゼイハン :地政学ストラテジスト
http://toyokeizai.net/articles/-/103517

米国以外「すべて沈没」という驚愕シナリオ
影のCIAが「地政学」で2030年の世界を読む

2030年までに、いったんは米国中心主義が薄れる。
しかしその後、
 ロシア、欧州、中国は次々に自滅し、
 米国は世界で圧倒的な超大国になる
――『地政学で読む世界覇権2030』を上梓した影のCIA「ストラトフォー」元幹部の筆者が、ウォール・ストリート・ジャーナル、ブルームバーグ、APなども注目する衝撃の未来を予測する。

■地政学によって導き出された将来とは?


●中国、欧州、ロシアは次々に自滅。世界は確かに破滅に向かっている。しかし、アメリカだけがそれを免れる。気鋭の地政学ストラテジストが、2030年以降の世界地図を読み解く

 地政学とは、ある土地が、そこに存在するあらゆるものにどう影響を及ぼすかを考察する学問だ。
 住民の衣服、食べ物、抵当のサイズと有用性、何歳まで生きられるか、子供の数、仕事の安定性、政治システムの形態とその実感、どんな戦争を仕掛けたり防衛したりするか、
 そして究極的にはその文化が時の試練に耐え抜けるかどうか
 川、山、海、平原、砂漠、ジャングルなどの相互のバランスが、
 そこに住む人間の生活と、国家としての成功の双方に決定的に影響するのだ。

 その結果導き出された結論は、しばしば私を落ち着かなくさせる。
 わが家には太陽光パネルが設置されているが、将来の世界では石炭が君臨し続けるだろう。
 私は自由貿易と西側諸国の同盟ネットワークこそ史上最大の平和と繁栄を保障する枠組みだと考えている
ので、これを強く支持している。
 しかし地理を研究すると、どちらもやがて放棄されるという結論を出さざるをえない。

 私は規制の少ない政府こそ富と自由の幅広く迅速な分配を可能にすると考えているので、小さい政府を支持している。
 しかし人口動態を検討すると、やがて私の収入のより多くの部分が、ダイナミズムに欠け、責任の所在が不明なシステムに吸い上げられるようになりそうだ。

 自分の出した結論を気に入っているかというのは重要ではない。
 この記事は、私がこうあるべきと考えることを実現するためのアドバイスではない。
 むしろ今後起こるはずのことを予測する記事なのだ。

■自由貿易体制が終焉、ヨーロッパと中国は没落

1]. 2015~2030年にかけてのホッブズ主義的な時代は、
 21世紀の中でも米国中心主義的な傾向が最も弱い時期になるだろう。
 なぜなら2030年までに起きる3つの出来事の結果、それ以後の世界は米国の思いのままになるからだ。

 重要なのは、このすべて、つまり
★.自由貿易体制の終焉、
★.世界的な人口減少、
★.ヨーロッパと中国の没落
は、すべて
 移行期に起きる一時的な出来事にすぎない
ということだ。
 2015~2030年までの間に、古い冷戦体制は最終的に一掃されるだろう。
 それは歴史の終わりではない。
 次に来るもののための準備期間にすぎないのだ。

 そして現れる新しい時代は、驚くべきもになる。
 まず、米国以外のあらゆる国はこの15年間、過去のシステムから残されたものを手に入れようと互いに激しく争うだろう。
 資源や市場を獲得するための競争の激化。
 海洋国間の競争の再発。
 さまざまな困難――特に人口問題――に見舞われた国でも攻勢をかけることを可能にする新技術の開発。
 人間の手を最小限にしか介さず、大きな破壊力を持つドローンが米国の専売特許であり続けると信じる人が本当にいるのだろうか? 
 それは以前とはまったく異なる、わくわくするような、恐ろしい時代だ。
 そしてその結果破滅する、あるいは消耗する国も少なくない。
 米国人が競争相手と見なすすべての勢力――特にロシア、中国、ヨーロッパ共同体――は思いがけない脆弱さを露呈するだろう。

2].次に、この混乱と破壊のすべてでなくとも大半は、米国を素通りするだろう。
 15年にわたる競争と痛みと不足の代わりに、米国は安定した市場とエネルギー供給のおかげで、15年間の穏やかな成長を実現することができる。
 2014年の時点ですでに米国は世界に冠たる大国の地位を得ている。
 2030年には、この国は絶対的にも相対的にも圧倒的な強さを誇る一方、世界のほかの多くの国は現状を維持しようと苦闘し、そして大半が失敗するだろう。
 米国は侵略されず(外国を侵略することはあるかもしれない)、
 他国の海戦を無関心に眺め(漁夫の利は得るかもしれない)、
 なぜ誰もが突然ドルを再び欲しがるのかいぶかる(しかし喜んでそれを提供する)
だろう。
 米国は参加する戦いを選ぶこともできれば、世界から完全に引きこもることも可能なのだ。

3].第3に、米国の人口状況は再び反転するだろう。
 2030年にベビーブーム世代の最年長者は84歳になるが、2040年には最年少者が76歳に達する。
 その頃までに、2007年以来連邦政府にのしかかっていた重い負担はほとんど完全に姿を消すだろう。
 ベビーブーム世代が徐々に空けるスペースを次に占めるのは次の退職者世代、つまりジェネレーションX世代で、この時点で彼らは61歳から75歳に達している。
 ベビーブーム世代の子供世代であるジェネレーションY世代は40歳から60歳の間だ。
 世代全体が稼ぐ収入は、米国のシステムを再び資本で潤すだろう。

■米国だけが破滅を免れる

 15年間財布のひもを固く締めてきた連邦政府の財政収支は改善するはずだ。
 ベビーブーム世代の引退とともに始まった長い闇は終わり、財政状況には再び光明がさす。
 そして、すっかり荒廃した世界を発見するのだ。

 2040年までに多くの途上国は、ヨーロッパ諸国がわずか一世代前に経験したのと同じ危機的な人口状況に陥り、苦難と衰退に向けた致命的な下降を始めるだろう。
 その目立つ例外は中国だが、それも中国がすでにこの状態にあるからにすぎない。
 2040年までに、米国の平均年齢がわずか40歳なのに対して、中国の平均年齢は47歳になっている。
 この時点で米国は中国――この国がいまだに統一国家として存在していると仮定して――について、現在の日本についてと同じように「過去の大国」としか見なさなくなるだろう。
 どこからも挑戦を受けない米国は、いくらでも自国にかまけられるようになる。

 このような未来を確実に手に入れるために米国がすべきことは何か?
何ひとつない。
 地形のおかげで、米国はすでに必要なものをすべて手に入れている。
 中国とヨーロッパは放っておいても衰退し消滅するだろう。
 ロシアはやがて自壊する。
 イランは独自の理由で中東をスクランブルエッグのようにひっくり返すに違いない。
 米国の人口状況は自動的に反転する。
 少しでも打撃を軽減しようとする他国の懸命な努力でさえ、2035年までは実を結ぶことはない。
 残りはシェールが仕上げてくれる。
 米国の強さは偶然のものかもしれない。
 しかしそれが強さであり、長く続くことに変わりはないのだ。

 簡単にいえば、
 世界は確かに破滅に向かっている。
 しかし米国だけがそれを免れるのだ。

■日本には軍事的、文化的、体制的な底力がある

  いろいろな意味で、
 日本は最悪のタイミングで世界の先駆けとなっている。
 2025年には平均年齢が51歳になることが予測されているこの国は、すでに紛れもない世界最高齢社会だ。
 高齢社会では年金や医療費などがかさむために政府の支出が増大し、一方消費が冷え込むため、需要減、雇用減、経済の停滞という負のスパイラルが発生する。
 日本社会を見ればそれは明らかだ。
 日本人になじみのある言葉で言えば、デフレが起きるのだ。
★.米国の無関心、
★.人口の高齢化、そして
★.デフレスパイラル
が、今このタイミングで日本の問題から世界の問題になるというのは、このうえなく間が悪い。

 しかし、世界がばらばらになり、日本政府が新旧の課題に対処しなければならなくなっても、実のところ
 日本はほかの多くの国よりもはるかに有利な戦略的位置に立っている。
 たとえば以下のように。

★・日本ではすでに高齢化が進行しているとはいえ、その人口構造には有利な点も見られる
 日本では1970年代にベビーブームが起きた。
 当時、生まれた人々は今では35~45歳になり、最も多額の税金を支払う年齢に達している。
 そのため資本蓄積という点では、特に高齢化が急速に進行している国々に比べると、状況はまだまだよい。

★.・主要国の間では唯一のケースだが、日本の借金はほぼ完全に国内にとどまっている。
 したがってこれにどう対処するかは国際金融の問題ではなく、内政問題なのだ。
 日本の銀行、金融当局や企業、あるいは有権者に対して外部からは誰も指図できない。

★.・日本には、世界で最も先進的な産業基盤と最も高い技術を持つ労働力が存在する。
 たとえ、貿易関係の崩壊と財政赤字の増大によって技術の開発もその応用も不可能になっても、日本は相対的にも絶対的にも非常に有利な立場からスタートできることに変わりはない。

★.・日本には世界で2番目に強力な海軍がある。
 エネルギー供給と貿易の安全確保のために船団を組まなければならない時代には、これは非常に大きな意味を持つ。

★.・日本には陸の国境がない。
 また最も近いライバル――
 中国とロシア――は水陸両方で展開できる十分な戦力を持たない。

★.・住民の98%以上が日本民族であるこの国は、ほぼ単一の文化アイデンティティを持つ。
 これは近代では極めて珍しいことだ。
 したがって、これほど統一されていない国なら
 崩壊しかねない政策を実行したりプレッシャーに耐えたりする文化的体力を備えている
のだ。
 日本は、下がる一方の生活水準に耐えられることをすでに示した世界でも数少ない国のひとつだ。

★.・移民にとって日本は魅力的な国でなく、彼らを同化できないという事実でさえ、利点である。
 芝生の世話や建物の管理人といった単純労働は、ほかでもない日本の高齢者によって担われつつある。
 この人々がこうした仕事をする1日1日は、年金財政に対して増える一方の圧力が緩和される1日でもある。

■結局、日本はどうなるのか

 日本はいまだに――極めて大きな――困難の中にあるが、それはドイツやロシアや中国の行く手に待ち構えている運命ほど過酷なものではない。
 そして困難に見舞われているそれ以外の多くの国々と違って、
 日本には十分な軍事的、文化的、体制的な底力があるので、
 問題の根本的な解決を計ることができる。

 イノベーションを通じて、日本は産業の停滞から脱することができる。
 インフレ時代において、日本には税制上および金融上の新しい政策を採用する、ある程度の余裕がある。
 先の見えない時代に、日本には軍事的解決策を探るという選択肢がある。
 米国を除けば、日本が競争相手と見なしているどの一国も、これほどの柔軟性や永続性を持たない。

 日本の将来は必ずしも強くはなく、安全でも安定してもいないかもしれない。
 しかし、比較的強く、比較的安全で、比較的安定しているだろう。
 で、私は日本の将来を憂えているかって? もちろん、非常に。

 しかし、それ以外のほぼすべての国を憂うほどではない。

 時が経てば筆者の誤りが明らかになるだろうって? 
 ぜひ2040年に会いに来ていただきたい。
 その頃私は66歳になり、(ベビーブーム世代のせいで)だいぶ遅くなった定年退職の日を指折り数えながら待っているはずだ。
 うまい酒でも持って訪ねてきてください。

(翻訳:木村 高子)



ダイヤモンドオンライン 2016年1月20日  田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]
http://diamond.jp/articles/-/84866

2016年に発火懸念
日本を取り巻く七大地政学リスク

◆日本と日本企業が認識すべき地政学リスク

 今年は山積するリスクが火を噴くことが懸念される年となりそうである。既にサウジアラビア・イラン関係の緊張や北朝鮮による「水爆」実験など、潜在リスクが表面化しつつある。

 先日、米国のコンサルティング会社ユーラシア・グループが今年の世界の十大リスクを発表した。グローバルな業務展開をしている日本企業も世界の地政学リスクに敏感でなければならない。

 同時に、日本を取り巻くリスクには日本特有の地政学的要因もあり、世界のリスクとは異なる面があることにも留意したい。ここでは日本の目から見た地政学リスクの評価を行いたいと思う。もちろん、リスクを認識したうえで、それが現実のものとならないよう対応を考えていくことこそが重要である。

◆リスク1:米国の指導力の一層の低下
その行方は他の世界のリスクも左右する

 今日の国際情勢の流動化を生んだ最大の要因は、米国の対外姿勢の変化であろう。ブッシュ前大統領は軍事力を前面にかざした対外政策を追求したが、アフガンとイラクでのあまりにも長期にわたった戦争の結果、多大の人的・財政的コストと米国社会に凄まじい疲弊感を生み、オバマ政権の対外姿勢は大きく変化した。

 オバマ政権は関係国との協調に基づく外交を優先し、キューバとの国交回復やイランとの核合意などの具体的成果を生んだ。その反面、ウクライナ問題やシリア問題、ISとの対峙などで、本格的な軍事介入を躊躇する姿勢が力の空白を生むこととなり、情勢の流動化に繋がっていることも否定できない。これは米国の力の衰えと言うより、米国の指導力の低下を印象付けることとなった。同盟国日本にとっては深刻な問題である。

 本年、米国は大統領選挙のキャンペーンに明け暮れることになるが、ポピュリスト的で排外的とも言える主張が多くの人々の支持を得ている。共和党サイドでは、従来は最終的に候補者として選ばれることにはならないと考えられていたトランプ候補の勢いが未だ衰えていない。民主党サイドでも一時圧倒的な優勢を伝えられていたクリントン候補と、極めてリベラルな主張を掲げるソンダース候補の差が小さくなっていると伝えられる。

誰が最終的な候補者になるのか、誰が大統領に選出されるのかにかかわらず、国内の極端な保守とリベラルの二極化は強い対外政策の妨げとなるであろうし、現在の選挙戦キャンペーンを見る限り、米国の世界における指導力が回復していくとも思えない。

 この一年で米国の指導力を左右する象徴となるのは、TPPの議会承認の成否である。議会の審議にかけられるのは、大統領選挙後の12月のレームダック会期より前ではないとも言われているが、米国議会が批准に至らず、発効の見通しがなくなる結果のダメージはあまりに大きい。TPPは自由貿易協定にとどまらず、自由な資本主義経済体制のルールを定めるという意味で戦略的意味合いが強い。

 米国の指導力の一層の低下は世界中で情勢の流動化に繋がっていくのだろうし、以下に述べるようなリスクを抑えていくことがますます難しくなると言えるのだろう。

◆リスク2:北朝鮮有事リスク
懸念を高める金正恩ワンマン体制強化

 1月6日の北朝鮮「水爆」実験は、地域の安全保障環境を一層悪化させた。この核実験から読み取るべきは、予見性がなく衝動的とも言える金正恩体制の行動様式である。

 これは昨年8月に非武装地帯への地雷敷設により韓国兵士を負傷させる事件を起こし、その後事態収拾のため妥協的な行動をとったことや、中国との関係修復も念頭に北京に派遣したモランボン楽団を急きょ帰国させるといった行動にも象徴的に表れている。昨年後半の北朝鮮の対話姿勢にかかわらず、国際社会の激しい反発が予測できる核実験を実施したのは、いかにも矛盾した動きと見える。

 金正恩体制が成立して以降、数多くの党・軍の幹部の粛清が伝えられているが、従来と異なるのは、権力基盤として軍や党といった組織を強化するのではなく、金正恩第一書記のワンマン的体制強化と見られていることである。北朝鮮の行動が若い指導者の衝動的判断に委ねられている面が強いとすれば、それは地域にとって深刻なリスクとなろう。北朝鮮の軍事的挑発がエスカレートして、いわゆる朝鮮半島有事に繋がることが懸念される。

 このような地域安全保障にとっての深刻なリスクを抑え込むためには、関係国、とりわけ朝鮮半島の非核化に共通利益を有する日・米・韓・中・露の強い連携が不可欠となる。今後、米国などが従来イランに課してきたような厳しい金融制裁に至るか否かも、注目されなければならない。

 制裁が実施されても中国等が経済協力関係を継続しているようでは、限定的な効果しかない。関係国が厳しい制裁措置を一致して実施し、団結して北朝鮮と交渉にあたらない限り、解があるとは思えない。同時に、北朝鮮の反発や万が一の有事に備え、日米韓は共同の危機管理計画を準備しておく必要があるのは論をまたない。

◆リスク3:中国の対外的拡張策が衝突に繋がるリスク
台湾の蔡英文政権成立で中台関係の緊張も

 深刻なリスクは南シナ海での衝突である。中国が南シナ海全域の実効的支配を進めるべく、岩礁の埋め立て地での飛行場や軍事施設の構築、さらには防空識別圏の設置を次々と強行していく場合には、領土係争のあるフィリピンやベトナムなどの諸国、さらには安全保障上の重要な利益がある米国や日本との対決は決定的になる。

 米国が駆逐艦を中国の主張する領海内を航行させる「航行の自由」作戦を実施し、明確なシグナルを送っている以上、中国が上述したような行動に一挙に至ることも考えにくいが、内外情勢の推移如何でリスクが残る。特に海上での偶発的衝突を避けるための信頼醸成措置が重要となるのだろう。

 また、1月16日に行われた台湾総統選で、野党民進党の蔡英文主席が大勝するとともに、議会も民進党が過半数を制した。5月20日に発足する蔡英文政権は中台関係の現状を維持すると述べているが、独立志向の強い民進党の政権が、馬英九国民党総裁時のような対中融和策を講じていくとも考えられない。一方中国は「一つの中国」の原則を盛った中台間の「92年コンセンサス」の確認を迫るだろうが、大勝した民進党政権が従来の姿勢を変えるとも考えにくく、中台関係が緊張していくことは容易に想像しうる。

◆リスク4:中国経済成長率の急速な低下のリスク
国民の不満が顕在化、世界経済にも甚大な影響

 中国経済は下降局面に入っているが、問題はどの程度のスピードでソフトランディングをしていけるのか、ということであろう。第13次5ヵ年計画では最低年平均6.5%の成長率を達成するとされるが、もしこれを大きく下回るようなことがあれば、習近平総書記が繰り返し述べている、2020年までにGDP及び一人当たり国民所得を2010年比で倍増する計画が実現できないことになる。経済成長率の大幅な低下は、所得格差や環境の悪化など社会問題への国民の不満を顕在化させるだろう。

 成長率の鈍化が、膨大な政府過剰生産設備や国有企業を中心とする非政府債務の問題を深刻化させれば、経済危機にまで陥っていく可能性が排除されないことになる。中国には十分な国内貯蓄が存在すると言われるが、国有企業の合理化など供給サイドの改革を速やかに行っていくことが求められているのだろう。

 経済危機と言われるような事態は、中国経済に大きく依存する東南アジア諸国経済に深刻な影響を与えるだけでなく、世界経済に甚大な悪影響を与えるだろうし、グローバルな経済停滞に繋がっていくリスクがある。

◆リスク5:ISテロのリスク
日本が標的となる可能性も排除できず

 米国やフランス、ロシアなどの空爆作戦により、シリア・イラクでISが支配している「領土」は減少していくのだろうが、ISにリクルートされた外国人戦闘員たちが拡散し、他の中東地域や欧州、アジアなどでテロを実行していく蓋然性は逆に高まっていく。

 欧州でのテロと同様、アジアにおいてもリスクは高い。特に相当数のウイグル族やインドネシア出身者が既に中東を離れたとされており、東南アジアなどで自爆テロが繰り返される可能性が指摘されている。最近のインドネシアでのテロはその疑いが濃い。

 日本については、外国人は目につきやすく、武器の調達も容易でないところから相対的にはテロのリスクは高くない。しかし本年の先進7ヵ国首脳会議(G7)や2020年東京オリンピックが、格好のターゲットと見なされる可能性は排除されない。もちろん、諸外国で日本人や日本の施設、あるいは日本に向かう航空機が標的になる(1988年のソウル五輪では前年に北朝鮮テロリストによる大韓航空機爆破事件が発生した)可能性も念頭に置かなければならない。

◆リスク6:中東の紛争が大規模な衝突に至るリスク
不安定化するサウジと存在感を増すイラン

 中東情勢の流動化の原因は、米軍の撤退及び米国の影響力の低下により生じた力の空白や、「アラブの春」によって専制体制が崩壊した後、チュニジアを除けば十分な統治体制が構築されていないという意味での力の空白によるところが大きい。この二つの力の空白がISの勃興を生み、シーア派とスンニ派の宗派対立を顕在化させていった。

 なかでもスンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派の大国イランの対立は深刻な様相を見せている。サウジアラビアによるイランとの国交断絶の背景には、両国を取り巻く情勢変化がある。イランが核合意により中東での存在感を高め、イラク、シリア、イエメンなどでシーア派を支援する活動を活発化させている一方で、サウジアラビアを取り巻く環境変化は大きい。

 これまで「石油」「安定した王政」「米国との強い同盟関係」という三つの要素がサウジアラビアの安定を支えてきたが、油価が低下し、王政内部の人的変化が生じ、イランとの核合意成立により米国との同盟関係も相対化した。国内の不満を抑え王政への求心力を高めるため、対外的に強硬な行動が必要と判断されているのかもしれない。

 とはいえ、サウジアラビアとイランが軍事衝突に至るとは考えにくい。バーレーンやスーダンに加え、どの程度のアラブ諸国がサウジアラビアに追随していくかは注意して見る必要があり、とりわけエジプトなどの動向は大きな影響を与えよう。

 ただ、核開発に関わるイランへの制裁は正式に解除されるに至り、イランの影響力はますます高まって行くことになる。このようなサウジ・イラン関係のバランスの変化が一層の緊張を生むことになるのかもしれない。中東での大規模な衝突は石油ガスの輸出に重大な支障をきたし、日本も深刻な影響を受けることは免れない。

◆リスク7:EU分解リスク
英国の国民投票が決定的影響

 現在のEUの危機は、「深化と拡大」の歪みから発している。「深化」では、ユーロの導入が財政政策の統合なく行われたことでギリシャなどでの放漫財政を許し、歪みが生じた。「拡大」では、EU加盟国がロシアの国境近くに及び、ウクライナを最後の砦と考えたロシアが同国のEUやNATOへの加入阻止に動いたことが、ウクライナ問題の背景となった。シリアからの難民の大量流入も、EU内での人の移動の自由化が大きな背景となっている。

 そのようなEUの危機を背景として、EU諸国では国内政治が揺れ動いている。ハンガリーやポーランド等では排外主義的色彩を持つような保守政党が政権についているほか、仏では極右勢力と称される国民戦線が地方選挙でも支持を大きく増やしている。一方スペインなどでは緊縮財政を嫌う極左政党が勢力を拡大している。2017年にはドイツの総選挙やフランスの大統領選挙が予定され、どのような政権が両国にできるのか注目される。

 EUの将来に決定的影響を持つのは、2016年中にも実施される可能性のある、英国におけるEU離脱の是非を問う国民投票である。キャメロン首相は国民投票を前にEU改革案についての交渉を行っている。しかし、同首相が特に重要とするEU域内移民への社会福祉の制限といったことは認められる可能性は低く、交渉の不調は離脱への賛成票を増やす結果となるのだろう。もし英国が脱退するとなれば、スコットランドは連合王国から独立しEU加盟を求めていく蓋然性は高い。

 EUの分解といったことに至らなくとも、これまでEU経済を実質的に支えてきた深化と拡大がこれ以上進んでいくこともあまり想定できない。EU経済に対する打撃は大きく、その経済停滞は日本を含め世界経済に悪影響を与えるのだろう。



2016.1.18(月) Financial Times By Gillian Tett
(2016年1月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45788

一直線には進まないグローバル化
世界経済の地殻変動を知るにはバルチック海運指数に注目

 1月第3週は、投資家の目が原油価格の急落にくぎ付けになった。
 無理もない。原油価格は今や1バレル30ドルでしかなく、年初から15%も安くなっている。
 特に中国の混乱が続いていることなどを受けて、エネルギー市場はさらなる困難の到来を示唆しているのだ。

 世界経済にどのような地殻変動が生じているかを示すもう1つの兆候を探すなら、
 バルチック海運指数(BDI)に目を向けてみるといい。
 石炭や金属、肥料といった原材料を全世界に運ぶ外航船の運賃の指標である。

 通常であれば、この指数が一般の人々の注目を集めることはない。
 何しろ、資本の流れ――あるいは最新のデジタル機器――で投資家の頭がいっぱいになっている時代に港やコンテナの細かいことに目を向けるというのは、いくぶん懐古趣味のような感じもする。

◆原油価格も顔負けの劇的な急落

 しかし、足元のBDIは原油価格も顔負けの劇的な動きを見せている。
 ここ数週間一貫して下げてきた指数は1月13日、1985年の指数集計開始以来初めて「400」を割り込んだ。
 昨年の夏には1000を大幅に上回っており、2010年には4000前後だった。
 従って、石炭やセメント、石油などを海の向こうに送る願望に駆られている人は、少なくとも過去30年間のどの時点よりも安い運賃で実行できるだろう。

 これは現代の技術革命が進行している1つの表れにすぎない、と考えられたらどんなにいいだろうか。
 しかし、海運運賃がこれほど激しく下げている最大の理由は、現代の貿易と世界の経済成長が今年は以前の好況期と異なるパターンを、あるいは西側や新興国の金融市場参加者の予想とは異なるパターンを示していることにある。

 過去10年間、ギリシャから中国に至る世界中の海運会社がドライバルク船(ばら積み船)の輸送能力を増強してきた。

★.増強の第1の理由は、資金を低利で借りられた
ことに求められる。
 また西側諸国のプライベート・エクイティ・ファンドなどの新規の投資家も、革新的な資金運用手段を探し求め、海運業に参入した。

★.好況のもう1つの理由は、世界貿易は拡大を続けるとの見方
が広まっていたことにある。
 この見方はつい最近まで、不合理には思われなかった。

 実際、2008年以前の10年間で世界貿易は平均で年率7%拡大し、その伸び率は世界全体の国内総生産(GDP)成長率を上回っていた。
 中国などの国々が好景気に沸く一方で、西側諸国の企業が国境を越えるサプライチェーン(供給網)をクモの巣のように構築していったからだ。

 しかし、歴史は予想通りに展開するものではない。
 世界銀行が先日発表した重々しい報告書で論じているように、世界の貿易の拡大ペースはここ数年急激に鈍っており、年3%前後になっている。

 これでは、世界全体のGDP成長率とほとんど変わらない。
 おまけに、この減速傾向は今も続いている。

◆貿易拡大ペースが鈍っている理由

 これは構造的な変化の反映でもある。
 例えば世界銀行は、各国政府が多国間貿易協定を迅速に実行に移せずにいることが原因だとしている。
 また、西側諸国の企業は新しいサプライチェーンを以前ほど熱心に構築しなくなったようにも見える。

 しかし、貿易の拡大ペースが鈍っている直近の理由は、
1].新興国の実質経済成長率の低下、
2].通貨の乱高下、そして
3].コモディティー価格の下落
という致命的な3点セットにある。
 おかげで倉庫には在庫が山積みになっている。

 このため、海運業界は――まさに文字通り――立ち往生している。
 ケープサイズと呼ばれる最も大きなタイプのばら積み船の船主らは、航海のコストを1日当たり8000ドルと見込んでいるが、海運運賃が急落しているため、収入は5000ドルにとどまっている。
 これでは、船主が船を出すことに次第に消極的になるのも無理はない。
 その結果として、世界貿易の歯車が減速している。

 望まれるのは、こうした動きが一時的な現象であることだ。
 海運業はこれまでも景気循環の大きな波を経験してきた。創造的破壊のプロセスを通して船積み能力が削減されれば、いずれ運賃が正常化する助けになるだろう。

 実際、それは既に起きている。
 例えばドイツ銀行は昨年後半、未払いの債務を巡り、ある投資組織(オークツリー・キャピタルとライオン・カオ・アセット・マネジメントが出資している)が所有する大型ばら積み船を差し押さえるようシンガポール当局に要請し、海運業界に衝撃を走らせた。

今年は間違いなく、海運業の破産が起きそうだ。

 ここでキーワードとなるのは、「いずれは」という言葉だ。
 中国が皮肉な見方を覆し、新たな成長スパートを生み出さない限り、BDIが最安値を更新し続ける可能性は大いにある。

 お望みなら、これを低利資金によって生み出される有害な行き過ぎのもう1つの兆候と見なしてもいいし、新興国の成長が失速したことを示す力強い指標と考えてもいい。

 いずれにせよ、1月第4週に世界経済フォーラムのためにスイス・ダボスへ颯爽と乗り込むエリートたちは、留意した方がいい。
 BDIが発している本当のメッセージは、グローバル化は常に直線で進むとは限らない、ということだ。

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