『
ニューズウイーク 2016年1月22日(金)15時00分 楊海英(本誌コラムニスト)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/01/post-4405.php
「台湾は中国の島」という幻想を砕いた蔡英文の「血」
新総統を生み出したのは、中国離れと歴史的な台湾人意識
民進党の候補、蔡英文(ツァイ・インウェン)が台湾・中華民国の総統に当選した。
中華圏初の女性政治リーダーの誕生だ。
男尊女卑という儒教文化の伝統が根強く残る中華世界における快挙だとか、民主化の産物だとか言われている。
そうした諸要素も否定はできないが、私はむしろ台湾独自の歴史が蔡総統を生む力になったとみている。
私は選挙期間中に2度、台湾に渡った。
国民党候補を20ポイントも引き離す高支持率を維持してきた蔡を支える力はどこから来るのか。
島を一周しながらさまざまな人たちに話を聞いた。
蔡を背後から守っているのは「台湾人意識」だ。
彼女は祖母が台湾の先住民、父親は客家(ハッカ)人で、もともと台湾に住んでいた本省人が陣営を固めていた。
台湾の先住民は中国の少数民族と異なり、古代から中華文化とさほど関わりを持たない。
台湾先住民の諸言語は南洋のオーストロネシア語族に属する。
島の各地に残る新石器時代以降の遺跡からはポリネシアやインドネシア、フィリピンの諸民族と共通の出土品が発掘されている。
◆南洋系の先住民の国
太古の時代に南洋の人々がカヌーをこいで北上してきた、というのが定説だ。
南下した「中華民族が祖国に編入した島」ではない。
客家など漢人の渡来の歴史は浅く、300~400年前のこと。
台湾は何よりも南洋系の先住民の国なのだ。
漢人は台湾で生活するようになっても、実質的に近代まで統治者になったことはない。
17世紀にオランダ人が植民政府を設置し、スペイン人も進出を試みた。
オランダ人を追い出した武将、鄭成功も漢人というよりも、日本人と明国人のハーフだ。
鄭は台湾で中華的統治システムを確立しようとしたのではない。
むしろ、故郷である九州の平戸から南洋への貿易路の打開をもくろんだ中継地の開拓とみたほうがいい。
その意味で、西洋人から「美麗島(フォルモサ)」と称された台湾は、大航海時代にいち早く国際社会に加わった東アジアの国だ。
中国と結び付けて語るのには、無理がある。
その後、鄭家を破った満州人の清朝は台湾を「化外(未開)の地」と見なし統治に不熱心で、実効支配は島西部平地の漢人地域にしか及ばなかった。
第二次大戦後、統治権は日本から国民党に移る。
49年、国共内戦で中国共産党に追われた国民党は約250万人の難民を伴って台湾に渡ってきた。
本省人からすれば、オランダ人とスペイン人、鄭成功と日本に次ぐ外来政権だ。
外来者であっても寛大な心で受け入れるのが台湾人(先住民と客家などの本省人)の精神である。すべては世界情勢に従った、自然の潮流だと理解してきた。
◆台湾人を悲しませた国民党
しかし、国民党政権はこれまでの征服者と異なって、強権的な政治を行う。
47年春には「2・28事件」と呼ばれる大量虐殺を働き、87年まで40年間にわたって戒厳令を敷いた。
国民党の政治的な手法は好敵手の中国共産党とさほど変わらなかったので、台湾人を徹底的に悲しませてしまった。
「国民党は敗れるだろう。
悲劇なのは、なぜ自分たちが嫌われているかすら分かっていないことだ」
と台湾人の識者は指摘していた。
昨年11月には馬英九(マー・インチウ)総統と中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が華僑国家のシンガポールで会談。
非公開で共同会見すらない「密会」で、92年に中台双方が「中国は1つ」と認め合ったとされる「幻のコンセンサス」を再確認し合った。
だが文書もなく解釈も曖昧な合意の存在を蔡の民進党は依然として認めず、国民党は台湾人の中国からの遠心力を食い止めることができなかった。
新総統は事実上の「フォルモサ共和国」をどういう方向へリードしていくのか。
虎視眈々と彼らをのみ込もうとする大陸中国とどんな関係を構築するのか。
南シナ海や東シナ海において、台湾と同様な危機に直面している日本はいかに同国に関与していくべきなのか。
すべてがこれから問われる。
[2016年1月26日号掲載]
』
『
サーチナニュース 2016-01-22 16:41
http://news.searchina.net/id/1600544?page=1
台湾の独立志向を威嚇か
アモイ駐屯の中国「第31集団軍」が本格的な上陸演習=中国メディア
中国メディアの新浪網は21日、福建省厦門(アモイ)市に本拠を置く中国人民解放軍第31集団軍が最近になり、中国東南沿岸部で実弾射撃を伴う大規模な上陸作戦演習を行ったと紹介する記事を掲載した。
演習には長距離ミサイル部隊、自走榴弾砲部隊、水陸両用戦車部隊、ヘリコプター部隊などが参加したという。
中国人民解放軍第31集団軍の前身は1947年に編成され、国共内戦でも活躍した。
49年には軍組織の改編で、第3野戦軍所属の第31集団軍となった。
1949年にはアモイ市に本拠を置くようになった。
1958年の金門島砲撃戦にも同集団軍は参加した。
第31集団軍はその後、福建省・東山県でしばしば、上陸作戦の演習を行っている。
新浪網掲載の記事は、今回の演習では装備の大幅な向上を受け、敵前線を複数個所で突破して、縦深突撃を行い、奇襲戦を勝利することを意識した。
第31集団軍はもともと、台湾本島への上陸作戦を念頭においた部隊であり、台湾で民進党による国会も多数となる政権の発足が決まったため、独立派を威嚇するための演習である可能性が高い。
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◆解説◆
金門島はアモイ市の沖合い2キロメートルほどの洋上にある島。
実際には大小12の島が存在する。
国民党軍は大陸から台湾に撤退した後も、アモイ市沖合いの金門島などいくつかの島を確保していた。
中国人民解放軍は1949年10月に、金門島奪取を目指して上陸作戦を発動したが、国民党側は根本博元中将を始めとする日本人軍事顧問団の作戦指導などで、解放軍を殲滅した。
国民党側は解放軍を上陸させてから、上陸用舟艇を使用不可能にし、橋頭堡を破壊した。
解放軍は最終的に弾薬がなくなり、3800人以上が戦死、5000人以上が投降したとされる。
蒋介石が金門島などを死守したのは、国民党政権が「台湾だけの地方政権ではない」と主張する根拠を担保するためだった。
現在でも金門島の行政区画は「中華民国福建省金門県」だ。
現在の独立派にとっては「金門島」が「台湾政府の実効支配地域」であることは、やや矛盾が生じることになる。
』
『
中央社フォーカス台湾 1月22日(金)14時43分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160122-00000005-ftaiwan-cn
台湾、中国大陸の演習報道を「虚偽」と判断
理性的態度呼びかけ
(台北 22日 中央社)中国大陸のテレビ局、中国中央電視台(CCTV)が20日夜、人民解放軍が大陸南東部の沿岸で大規模な演習を行ったとする報道について、国防部(国防省)は21日、同軍が最近実施している冬季訓練の内容と符合せず、事実ではないと発表した。
中国大陸側が演習に関する報道を行ったのは、16日投開票の総統選で最大野党・民進党の蔡英文主席が勝利して以来初めて。
CCTVは台湾の対岸、中国大陸福建省アモイに駐屯する第31集団軍が先日、大規模な実弾上陸訓練を実施したと報じる一方、演習の日付は明示していなかった。
国防部は、ニュースは昨年行われた複数の演習の映像を組み合わせたものだとしている。
台湾の対中国大陸政策を担当する行政院(内閣)大陸委員会は21日、演習報道について、「台湾海峡の平和の維持は双方の責任である」と強調し、大陸側に実務的、理性的な態度を取るよう呼びかけた。
』
『
JB Press 2016.1.26(火) 阿部 純一
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45861
蔡英文の総統選勝利に苦虫、
何もできない中国
「圧力」をかけるほど台湾の人心は離れていく
1月16日投開票の台湾総統選挙において、民進党の蔡英文候補が689万票を集め、国民党の朱立倫候補に308万票の大差をつけて勝利した。
同時に行われた立法院(国会に相当)選挙においても、総議席数113のところ民進党が68議席を取り、単独過半数を確保し、国民党はわずか35議席にとどまった。
これによって、2008年から2期8年続いた馬英九の国民党政権から、蔡英文政権への交代が確定した。
2000年から08年まで続いた民進党の陳水扁政権では、立法院では国民党が過半数を占めていたため、重要法案を通すのに散々苦労してきた。
今回、初めて民進党優位の立法院が実現したことにより、蔡英文政権にはスムーズな政権運営が期待される。
台湾における政権交代はこれで3度目になるが、民進党にとっては、立法院も押さえることができた今回の政権交代こそが「本当の政権交代」といえるだろう。
蔡英文、そして民進党の勝利についてはすでにさまざまな分析がなされており、とくに目新しい分析を提供できるとも思えないので、ここでは中国が蔡英文政権下の台湾にどう対応するかを中心に論じてみたい。
■外交休戦」を終わらせて台湾の孤立化を徹底?
中国が台湾に対して取りうる選択肢は、概念的に言えば3つある。
1つは「圧力」であり、
力づくで台湾を孤立させ、言うことを聞かせることである。
台湾の輸出の4割、対外投資の7割が中国向けであり、台湾の主要な製造業は中国に工場を建設し操業している。
上海を中心に、100万の台湾人が中国で経済活動に従事している。
これを「人質」に中国が台湾に圧力をかけることは想定しうる行動だろう。
また、台湾は現在、南米などを中心に22カ国と正式な国交を持っている。
陳水扁政権の時代、台湾と国交を持つ国はもう少し多かった。
中国はそれをあらゆる手段を講じて台湾と断交させ、中国との国交を選択させてきた。
馬英九政権になり、中国はそうした行動を控えてきたが、それを「外交休戦」と呼んできた。
馬英九の親中路線に対する「見返り」でもあった。
蔡英文政権になれば、中国はその一方的な「外交休戦」を終わらせ、台湾の外交的孤立化を徹底しようとするかもしれない。
そして軍事的圧力である。
台湾本土を射程に収めるミサイルは1000基を優に超え、有事に介入する可能性のある米海軍艦船の接近を阻止するA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略を実行するための潜水艦戦力の強化、米空母を攻撃しうる対艦弾道ミサイル・東風21Dの開発・配備を進めてきた。
最近では、台湾の対岸に当たる中国の南京軍区に属する第31集団軍が「揚陸演習」を行ったと報じられている。
同集団軍は福建省勤務が長かった習近平主席と関係の深い部隊であるだけに、習近平政権の対台湾政策との関連で総統選挙後の台湾に対する牽制の意味合いがあるのかもしれない。
■「1つの中国」と蔡英文の「現状維持」は両立できるか
第2の選択肢は「対話」である。
それを象徴したのが昨年(2015年)11月7日、シンガポールで行われた習近平主席と馬英九総統による中台首脳会談であった。
それ以前にも、中国の張志軍・国務院台湾事務弁公室主任(閣僚級)の訪台など、高レベルの人的往来を実現してきたし、台湾側も国民党の連戦名誉主席をはじめ、政界の要人が北京を訪問し中国の指導者と会談してきた。
さらに、李登輝元総統の時代に設置された民間交流窓口である海峡交流基金会(台湾側)と海峡両岸関係協会(中国側)との連絡も復活させた。
では、中国は蔡英文政権と対話する用意があるのだろうか。
中国と馬英九政権との間で共有されてきた「92年コンセンサス」、すなわち「1つの中国、各自表述」の存在を認めない蔡英文との対話に踏み切るのは、現在の中国には高すぎるハードルのように思える。
中国は「92年コンセンサス」に代わる中台双方が納得できる両岸交流の枠組みを提示する必要があろう。
その一方で、蔡英文側にとって中国との対話は選択肢に入るだろうか。
穏健な現状維持路線を目指す蔡英文にとって、中国との対話は当然のことながら排除されるものではない。
習近平主席と馬英九総統が、中台首脳会談において、それぞれの公式な役職を離れ、お互いに「先生」と呼び合うスタイルを実行したことを考えれば、それは蔡英文にとっても受け入れられる形式だろう。
問題は、何を話し合うかであり、それが建設的なものであれば台湾側には話し合う用意はあるといえよう。
中国は、蔡英文政権の対中政策については、現状では「疑心暗鬼」のはずだ。
蔡英文は両岸関係の現状維持を主張しつつも、その内容について具体的に語ってこなかったからだ。
これまでの蔡英文の立場上、「92年コンセンサス」を認めることはないだろう。
すでに触れたように、中国のいう「1つの中国」と、蔡英文のいう「現状維持」が両立できるスキームを形成できるかどうかが、今後の中台関係の鍵となる。
■蔡英文政権の言動が左右するアメとムチのさじ加減
最後の1つは「アメとムチ」である。
要するに「圧力」と「対話」のミックスであり、中国の馬英九政権への対応もこれであった。
海峡両岸の経済交流、人的交流は進め、「外交休戦」も実施するが、台湾を標的とする弾道ミサイルなど軍事的攻撃手段の拡充は継続してきた。
中国にしてみれば、
「圧力」がなければ台湾はすぐにでも将来的な統一を拒否する「独立」へと台湾が舵を切る懸念がつきまとう
のであろう。
中国の蔡英文政権に対するアプローチも、現実に即して言えば当然ながら「アメとムチ」の対応となるだろう。
アメとムチの「さじ加減」は、蔡英文政権の言動を見て調整するつもりであろう。
■ますます中国から離れてしまった台湾住民の心
しかし、中国が実際に蔡英文政権にどのような政策で臨むにせよ、実は現実に採りうる政策選択肢は多くはない。
台湾が経済的に中国に大きく依存している状況から、中国側にはいくらでも台湾に圧力をかける手段があるように見える。
外交・軍事にしても同様に中国が圧倒的な優位にある。
とはいえ、今回の総統選挙で蔡英文が勝利した背景に台湾住民の「台湾人アイデンティティー」の高まりがあったとすれば、それは馬英九政権に対して中国が与えた「アメとムチ」の両方の結果であったことに気づかなければならない。
端的に言って、中国が露骨な武力による圧力ではなく、経済的に台湾を取り込み、中国とがんじがらめの関係にすることによって将来的な統一の実現を既成事実化しようとしてきたのが、馬英九時代の台湾に対する政策であった。
しかるに、経済的に台湾の中国依存を高めることには成功したが、台湾住民の心、すなわちアイデンティティーはむしろ中国から遠ざかってしまった。
中国が「アメ」のつもりで経済的に恩恵を与えたつもりが、逆に台湾住民の警戒感を呼び起こしてしまったと言ってもいいだろう。
それが昨年3月の中台サービス貿易協定の批准をめぐって学生が立法院を占拠するという「ひまわり学運」につながった。
■若い世代が「中国への過剰な傾斜」に嫌気
台湾中央研究院の副研究員・林泉忠氏がいみじくも指摘しているように、
「中国が経済力を背景に、
自由や民主主義といった台湾の価値を変えようとしているとの危機感が若い世代の間で強まっていた」(「朝日新聞デジタル」1月19日)
結果として、
「台湾が独立国であることを当然のこと」と受け止めてきた「天然独」である若者世代が馬英九の国民党政権に「ノー」を突きつけたことの意味は重い。
今回の総統選挙の投票率は66.27%で、前回の2012年の74.38%と比べ、8ポイント以上低下している。
投票総数で比べると100万票以上の減少だ。
これは、事前の世論調査で蔡英文が圧倒的にリードしていたこともあって、国民党支持者が投票に行かなかったと見ることができよう。
それにもかかわらず、蔡英文が2012年の総統選の馬英九(689万1139票)を上回る得票(689万4744票)を得たのは、若い世代の支持が集中したことによると見ていいだろう。
若い世代が、台湾の中国への過剰な傾斜を忌避し「台湾であること」を維持するために蔡英文に投票した結果が今回の総統選挙であった。
ただし、判断が難しいのは、
蔡英文が選挙戦で中台関係を主たる争点にした事実はない
ということだ。
蔡英文自身も中台関係については「現状維持」を言うのみで踏み込んだ発言は控えてきた。
踏み込めば必ず注目され、それに批判的な勢力から攻撃されることになるのが分かっていたからだろう。
中国は、5月20日の蔡英文の総統就任にからめて、馬英九時代の中台関係の基礎となった「92年コンセンサス」に同意するか否かの「踏み絵」を踏ませようとするだろう。
しかし、蔡英文のこれまでの姿勢から見て、その「踏み絵」を踏まない蓋然性が高いのは言うまでもない。
だから、すでに指摘したが、「92年コンセンサス」に変わるスキームが求められる。
「92年コンセンサス」を中台関係の「レッドライン」に設定し、それを台湾が認めないなら実力で言うことを聞かせるというほど、習近平政権は硬直してはいないだろう。
■しばらくは互いの腹の探り合い
いずれにせよ、今回の台湾総統選挙は、これまでの中国の対台湾政策が失敗だったことを証明することとなった。
しかし、台湾に圧力をかければ、台湾住民の心はますます中国から離れていく。
力関係で優位に立つ中国は、いろいろな手を打つ余地がありながら、
実は有効な手立てがないのが現実だ。
その裏返しとして、蔡英文の台湾にも、対中国政策として明確に提示できるアイデアを持っているわけでもないように見える。
結果として、5月20日の総統就任からしばらくは、中台それぞれ腹の探り合いとなろう。
実際には使えないパワーを持つだけ中国のほうにフラストレーションが溜まるが、両者の駆け引きは当然ながらわが国にも米国にも影響を及ぼす。
蔡英文の主張する「現状維持」の中身が問われることとなる。
』
『
ダイヤモンドオンライン 加藤嘉一 2016年1月26日
http://diamond.jp/articles/-/85118
中国と距離を置く台湾新政権に習近平はどう出るか
台湾総統選挙で、中国とは距離を置く野党・民進党の蔡英文氏が圧勝した。
2015年のGDP成長率が7%割れした中国に、台湾の新政権誕生はどのようなインパクトをもたらすのか。
「総統好! 総統好!」──。
総統選挙を翌日に控えた1月15日夜、台湾総統府前の広場で行われた民進党の「造勢晩会」。
雨が降り続ける中、会場に集った同党の支持者たちは、すでに蔡英文民進党主席が次期総統に決まったかのような口調で、「総統、こんばんは!」と叫んでいた。
隣にいた台湾人ジャーナリストの林育立氏は
「見てください。
民進党の支持基盤は、従来の低所得層中心から、確実に中産階級にまで広がっています」
と興奮気味に漏らした。
蔡氏は「改革」「自由民主主義」「新しい台湾」などをキーワードに、有権者たちに
「明日は何が何でも投票に行ってください!」
と懇願していた。
結果は、蔡氏が689万票(得票率56.12%)を獲得。
現与党・国民党候補者、朱立倫氏の381万票(得票率31.04%)を大きく上回り、初の女性総統に当選した。
同時に行われた立法委員選挙においても、民進党は計113議席のうち68議席(前回プラス28議席)を勝ち取り、単独過半数を獲得。
民進党は総統府・立法院両方で実権を握る“完全執政”が出来ることとなった。
国民党の大敗を招いた要因は三つあると私は考えている。
★.第1は、「馬英九総統と立法院長・王金平氏の確執による政策実行の停滞と怠慢、金権政治の横行、統一地方選挙での大敗などが、有権者の馬英九氏への嫌悪感と国民党への抵抗感を招いた」(国民党幹部)こと。
★.第2は、今回の選挙で主な焦点となった経済社会問題である。
国民党執政下における台湾経済は、伸びない成長率(2015年第3四半期はマイナス成長)や国民所得、産業構造転換の遅れに象徴される。
「国民党は社会の変化や若者の心情に関心を示さない」(国立台湾大学政治学部学生)。
選挙の前後、台湾の知識人たちはメディアで
「台湾は過去において優秀な経済プレーヤーだったが、今では競争力は見る影もない」
と嘆いていた。
★.第3は、過度な中国依存に対する懸念である。
成功大学法律学部の許忠信教授は「自由時報」の取材に対して、
「両岸経済協力枠組協議(ECFA)の締結以来、
中国との関係が深まるにつれて、
台湾の民間投資は逆に衰退し、
外資も入ってこなくなり、国内経済は停滞し、所得も伸びない。新しい政府はまずは両岸の経済関係をクールダウンさせ、
欧米や日本など先進国家との貿易関係を強化すべきだ」(1月17日紙面)
と答えている。
このように、
国民党の腐敗と劣化、
経済社会の停滞と不安、
行き過ぎた中国への傾注
という認識が有権者の間で広まったことが、民進党の歴史的大勝をもたらしたといえる。
民進党大勝という結果を受けて、習近平国家主席率いる中国共産党はどのように動いてくるだろうか。
■台湾の歩み寄りで政治的安定は可能
問題は中国経済
まずは政治関係の安定を先決とするだろう。
この点に関して蔡氏は、政治的立ち位置を微妙に変化させている。
民進党が陳水扁政権時代(2000~08年)に唱えた「独立」を公に主張しないばかりか、昨年11月の習・馬会談を実現する上での基礎ともなった「九二共識」(一つの中国原則。1992年に合意したことに由来)にすら反対をしなくなった。
ただ、蔡氏は同共識を承認しているわけではなく、今後もしないだろう。
台湾人アイデンティティが高揚している現状下であればなおさらだ。
一方中国共産党は、蔡陣営が九二共識を否認したり、独立的な言動を起こさない限り、民進党に対して敵対的な政策を取ることはなく、中台関係が極度の悪化をたどることもないだろう。
中台関係の良好的安定は、米国が求めているボトムラインでもある。
自由民主主義と安全保障で中国を牽制することは米台共通の利益だ。
他方、米国、台湾との政治的関係を「核心的利益」という立場からそれぞれ安定させたい中国としても、過度な強硬策に出ることはないだろう。
もっとも、習政権が蔡陣営に対して、同共識に取って代わる、両岸政治関係の基礎となる新たな概念や枠組みの提示を求めていく可能性は大いにある。
台湾選挙が終了した直後、中国の新華社が評論記事を配信し
「台湾の政局変化は両岸関係の歴史にとってはすぐに消え去るようなもの。
台湾の前途と両岸関係の行方を決める肝心な要素は、中国大陸の発展と進歩だ」
と主張した。
私はその通りだと思う。
長期的には、中国が自由や民主主義を制度的に重んじる国家になっていくかどうかという政治改革が焦点だろうが、
短期的にはやはり中国経済の安定成長と構造改革の促進が鍵を握る。
習氏自らが第十三次五カ年計画期間中(16~20年)の
ボトムラインとして示した6.5%という成長率を保持しつつ、
昨年秋以来党指導部が経済構造改革と並行して掲げる「供給側改革」をどう推し進めていくか。
過剰生産・設備、金融リスク、不動産在庫の解消や、企業コストを削減させるための税制や規制緩和など課題は山積している。
中でも最大の難関は、公正な市場・投資環境という意味では欠かせない国有企業改革をどこまで進めることができるかであろう。
上海、天津、広東に加えて福建省にも自由貿易試験区が設置された背景には、同省書記を務めたこともある
「習主席の対岸(台湾)への政策の重視と執着心が反映されている」。
同省で習氏の同僚として働き、いまは中央に抜擢された党幹部はこう語る。
図のように、中国経済は「新常態」へのソフトランディングを目指した調整の真っただ中にある。
しばらくは台湾も含めて世界が中国の一挙手一投足に過敏に反応し、警戒心を強める局面が続くだろう。
それは、蔡陣営が対中政策で中国と距離を取る方向に傾くことを意味しており、中台関係においては不安定要素になる。
「新年早々再び荒れた中国の株式市場や政府による政策の不安定感は、
台湾の有権者にいま一度中国市場に依存し過ぎるべきではないと感じさせ、票を民進党に投じさせた」。
16日夜、蔡陣営で選挙対策を切り盛りした民進党関係者が私に語った言葉は、世界の中国リスクに対する懸念を図らずも代弁していた。
』
『
現代ビジネス 2016年01月26日(火) 福島香織
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47577
中国にはっきり「NO」と言う
台湾新政党「時代力量」の躍進と、その実力
民進党の躍進に注目が集まった台湾の選挙だが。
実はもう一人の「主役」がいる。
それが、新党・時代力量だ。
若く、台湾の独立を「自然なもの」と思っている彼らこそ、これからの台湾を支え、そして中台関係を変えるキーマンとなる。
台湾で取材を行ったジャーナリストの福島香織氏が、時代力量についてレポートする。
■メタルバンドのボーカルが中心メンバー
1月に行われた台湾の総統選挙は、300万票という台湾総統選挙始まって以来の大差をつけて民進党候補の蔡英文が勝利、8年ぶりの政権奪還を果たした。
総統選だけでなく、同時に行われた立法院選挙でも民進党が113議席中68議席を獲得。
国民党が獲得したのは35議席であるから、あわやダブルスコアになるかという完全勝利だった。
8年前の陳水扁政権は、立法院が野党に過半数を奪われ、“捻じれ国会”状況によって苦労させられた末、自滅に追い込まれた感がある。
だが、5月20日に発足する蔡英文政権は、野党の妨害がほとんどない、と言う意味で、本気の改革が期待できる。
しかも、今回の選挙で民進党と共闘関係を築いていた新党「時代力量」が、5議席を獲得し第三党に躍り出た。
2014年3月18日から24日間に渡って立法院を占拠し、台湾政治の流れを変えた「ひまわり学生運動」関係者らが創設したこの新党が立法院で放つ存在感は、わずか5議席と言えど小さくない。
蔡英文の勝利にばかり注目が集まるが、ここで「もう一人の勝者」であり、日本人にはなじみの薄い「時代力量」について紹介しておこう。
英語名はNewPowerParty。
その名前からも分かるように、“新時代”世代と呼ばれる十代、二十代の若者を支持層に持つ若者の政党だ。
党主席は、このほど立法院選挙に当選し立法委員となった黄國昌。
元中央研究院法律研究所の研究員だったが、ひまわり学運にも参与、学生リーダーの林飛帆らともに、島国前進という公民運動組織を結成している。
2016年の立法院選挙に出馬するため中央研究院を辞職し、2015年1月25日に、人気ヘヴィメタルバンド「ソニック」のボーカルでやはりひまわり運動賛同者のフレディ・リム(林昶佐)らとともに、新党「時代力量」を結成した。
黄國昌、フレディ・リム、洪慈庸(2013年に義務兵役中にしごきで死亡した青年兵士の姉、弟の死をきっかけに公民運動に参与)の3人が選挙区で国民党候補を下し当選し、そしてこの立法院選挙で、得票率6.11%を得て2人が比例代表として当選した。
■独立はもう、自然な認識
私は総統選取材のために台北を訪れたとき、フレディ・リムをインタビューする機会を得た。
ヘヴィメタルファンの間で人気の高い台湾バンドの閃靈(ソニック)のボーカルで、日本にもファンが少なくない。
李登輝学校の門下生でもある彼の音楽は政治メッセージ性が色濃く、日本統治時代の高砂義勇軍へのリスペクトや玉砕へのレクイエムをテーマに、欧米的なヘビメタに東洋的な胡弓や和琴を加えた旋律と、獣の叫びのような歌声で、激しい祖国(台湾)愛を訴えるものも多い。
日本人がやれば、さしずめ「右翼」などと後ろ指をさされそうだが、台湾の場合、これが台湾アイデンティティの発露という受け止められ方をしている。
台湾での若者人気はいわずもがなで、対抗馬の国民党ベテラン現職候補の林郁方を約6000票差という接戦で破った。
これは今回の時代力量選挙の象徴的な勝利でもあった。
1976年生まれのフレディは、実際に会ってみると、ステージ上の激しいパフォーマンスと打って変わって穏やかな口調の好青年である。
台湾の独立については、こんな風に言っている。
「(独立というより)台湾の『国家地位の正常化』(時代力量の基本政策)というべきでしょう。
新時代の若者たちとっては、台湾はもう“自然独(立)”“天然独(立)”(自然に独立状態を認識している状況)なんですよ。
こういう“自然独”の若者はこれから増えていく。
民進党はまだはっきり気づいていないかもしれないけれど、もう伝統的な統一か独立の対立軸で争うこと自体が古いんです。
では、これから目指すべき『国家地位の正常化』というのは何なのか。
それは台湾が国家として、国際社会に承認されるようになっていくことでしょう」
時代力量は「台独」(台湾独立)と言う言葉自体は使わないが、
あきらかに「自然独」「天然独」世代の若き台湾有権者が支持層の政党であり、台湾がすでに一つの民主国家であるという立場をとっている。
一般に、日本では民進党ともども中道左派と紹介するメディアが多いようだが、政党の主張で
「過去8年において、台湾に民主の成果をもたらすことがいかに困難か痛感した。
実際、中国の影響下からずっと抜け出すことができず、社会の公平正義が絶えず誤った政策に侵食され続けた」
という認識に立つことからも分かるように、
脱中国の台湾人アイデンティティを強く持つ、
正しい意味での保守と言えるだろう。
■中国の反応は?
この方向性は与党・民進党と大きくずれていない。
だから今回の選挙で、時代力量と民進党の関係は完全な共闘関係にあった。
時代力量が選挙区候補を出す地域では民進党は候補を立てないようにし、民進党も公然と時代力量への支持をしていた。
選挙10日前の最後の世論調査で時代力量の支持率が10%を超え、民進党自身が比例代表での議席を時代力量に食われかねないと心配になった選挙最終盤は、「集中投票」を呼びかけ政党票を時代力量に分散させないようにと腐心していたが、もし最後まで時代力量を応援していたならば、比例でもう1議席は取れたであろうと見られている。
民進党がここまで時代力量を応援した狙いは、当初は単独過半数が取れなかった場合、連立与党という形で過半数を確保することだった。
だが、民進党が単独過半数を獲った現在は、与党として妥協が強いられる民進党とは別に、ストレートに台湾アイデンティティや“国家地位の正常化”(独立)を訴えられる第三党の存在感に意味があると期待されている。
「政党票は時代力量に投票した」というある民進党支持は言う。
「民進党は、与党として中国を挑発しないように言葉を選ぶ必要があるが、そういうときに時代力量に思い切った発言や法案の提案をしてほしい。
また中国が民進党に九二共識(一つの中国という中台共通の認識をもち、『一つの中国』の解釈はそれぞれに委ねるという決め事。
1992年、国民党政権と中国側が非公式の場で、口頭で交わしたとされるが、その記録はなく、民進党は認めていない)を認めるようにあの手この手で圧力をかけたとき、民進党が私たち支持者を裏切らないように監視をしてほしい」
蔡英文は総統選の勝利演説の中で
「中華民国は一つの民主国家で、2300万人の台湾人がともに堅持するもの」
と言明し、
「この国家アイデンティティに対するいかなる攻撃も両岸の安定を破壊する」
と中国を牽制した。
一方、中国側は「九二共識という政治的基礎をよく維持してこそ、両岸関係は将来まで安定する」と民進党政権に「一つの中国」を承認するよう、そこはかとなく恫喝の滲む発言を始めている。
中国共産党機関紙『人民日報社』のタブロイド紙・環球時報は
「大陸は焦る必要がない。
民進党も当主になれば、生活費に金がかかるってことがわかるはずだ」
と、中国が台湾を経済で締め上げていく方針であることをほのめかせた。
中国側は、経済力的にも外交影響力的にも軍事力的にも台湾を圧倒しており、中国の圧力の前に民進党が国政を預かる立場で現実的な妥協策にひよるはず、との見立てを持っている。
■「中国をも変えられる」と信じている
5月20日以降、蔡英文・新総統が受け継ぐのは赤字財政にクラッシュ寸前の経済。
その立て直しと経済改革に苦戦しているところに、中国の嫌がらせや恫喝を受ければ、確かに、辛抱強い努力家と評される蔡英文とてブレずにおれるかどうか。
そういうとき、「行政権もなにもない小さな党だけど、原則はまげない」(フレディ)という時代力量が、ひまわり学運から盛り上がった台湾アイデンティティと新時代の若者の民意の象徴として、蔡英文政権に「民主国家を堅持する」という総統選勝利のときの有権者との約束を思い起させる役割を担うことだろう。
もし、中国が台湾に対して強硬な手段を用いることがあればどうする?とフレディに尋ねると、こう答えた。
「私は中台関係の平和を願っています。
ですが、中台関係が最も平和になる方法は、中国が民主化することです。
いかに中国政府がネットやメディアをコントロール下においても、私は中国にも、民主を追求している人をたくさん知っていますよ。
私は、中国が民主化していくことに期待を寄せています」
台湾の新時代世代の政治家たちは、台湾の民主政治を貫くことで、中国をも変えていく可能性を信じている。
』
【激甚化する時代の風貌】
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