2016年2月9日火曜日

爆買いは何時終わる(2):訪日旅行もいずれはブームがピークアウトする日がやって来る

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現代ビジネス 016年02月08日(月) 週刊現代
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47736

中国「爆買い禁止令」の衝撃
〜習近平「日本が潤うのをやめさせろ!」
日本旅行が理由で失脚することも

 中国経済の急減速が、ついに日本経済にも影響を及ぼし始めた。
 春節に起こる「異変」を、東京・北京発で二元レポートする。

■習近平政権が突然の制度変更

 1月27日、東京・銀座の「三越銀座店」8階に、売り場面積約3300m2という巨大な免税店『Japan  Duty Free GINZA』がオープンした。
 三越が改装工事を急いだのは、一にも二にも、2月8日の春節(旧正月)に間に合わせるためだった。
 春節の大型連休中に、中国から押し寄せる「爆買いツアー」を当て込んでいるのである。
 三越伊勢丹ホールディングスの広報担当者が語る。

 「中国人旅行者の買い物客が多い銀座店と新宿店では、外国人売り上げ比率がそれぞれ2割強、約1割と伸びています。
 一昨年10月に、日本で化粧品が免税対象品になったことも大きく、銀座店では売り上げが3・3倍に伸びました。
 春節の中国人旅行者のリピーターには大いに期待しています」

 3月には、銀座の数寄屋橋交差点に面した「東急プラザ銀座」もオープンするが、こちらの目玉も、8階と9階をブチ抜いた巨大な免税店だ。

 思えば、昨年(2015)の春節には、中国人旅行者が銀座通りを「占拠」した。
 本誌記者も、1000万円を超す宝玉や、666万円の福袋などを、次々に「爆買い」していく中国人たちを目撃し、圧倒されたものだ。
 昨年、海外旅行に出かけた中国人は延べ1億3500万人と、日本の総人口を上回った。
 うち日本へは、前年比207%の499万人も訪れている。
 これは日本を訪れた外国人旅行者の25%にあたる。
 日本での消費額で見ると、全外国人の5割近くを占めたという推計もある。

 ところが今年に入って、中国国内を取材すると、「異変」が起こっている。
 習近平政権が「爆買い」を阻止する措置に着手し始めたというのだ。
 在北京ジャーナリストの李大音氏が解説する。

 「中国の出入国管理法は、一般国民にパスポートを支給するようになった'90年代半ばに制定されました。
 それによると、一人5000米ドル以上の海外への持ち出しを禁じていますが、そんな20年も前の法律は、これまで有名無実化していた。
 それをこの1月から、空港で厳格に検査するようになったのです。
 海外での『爆買い』に関しても、帰国時の空港で厳格にチェックし、どんどん課税していく。
 つまり、いくら海外で免税品を買っても、中国に持ち込む際に高額の課税をされる可能性があるわけです。
 習近平政権としては、経済が急速に悪化していく中、もう1元たりとも海外に持ち出してほしくない、海外で消費してほしくないということです」

■日本を誉めるのも許さない

 元安が急激に進み、資本の流出が止まらない。
 そんな中、新たな法律も準備中だという。

 「それは、年間10万元(約180万円)以上の買い物を海外でしてはいけないという法律で、いわば『爆買い禁止令』です。
 早ければ3月の全国人民代表大会に提出されて成立する見込みです」(同・李氏)

 習近平政権が突如として「爆買い禁止令」に踏み切った理由は、他にもあるという。
 中国共産党関係者が解説する。

 「安倍晋三内閣は暮れの12月24日、'16年度予算案を閣議決定したが、防衛予算は前年度比1・5%増の5兆541億円と、初めて5兆円の大台を突破した。
 しかも一番手厚く増やすのが、中国の脅威に対応する島嶼防衛予算だという。
 つまり、中国人が日本で『爆買い』したカネが、わが国への銃砲に使われるということではないか。
 日本軍国主義の復活を、わが国民が手助けしているようなものだ。
 習近平主席は、そのことに怒り心頭で、『中国人なら中国の物を買って使えばいいだろう』と述べている」

 「爆買い」イコール「尖閣防衛費」とは、何とも短絡的な発想だが、これが「中南海」(中国共産党最高幹部の職住地)の空気というものかもしれない。

 北京のある旅行代理店の海外旅行担当者も証言する。

 「当初は、中国で蔓延しているPM2・5の公害が日本にないことから、『洗肺遊、日本藍』(肺を洗う旅、ジャパンブルー)というキャッチフレーズで日本旅行を宣伝していました。
 ところが内部で『敵国を誉めるとは何事か』という批判が出て、『避寒遊、説走就走』(避寒の旅、思い立ったらすぐ行こう)という東南アジア向けの宣伝に変えたのです。
 バリ島があるインドネシアはビザ免除、
 シンガポールは10年ビザ、
 タイとベトナムも昨年11月に、ビザの大幅緩和に踏み切った。
 つまりビザ取得が面倒くさくて寒い日本よりも、温かくてすぐに行ける東南アジアに行こうというわけです。
 実際、日本円のレートが1年前に較べて1割近く悪化していることや、日本のホテル代高騰で、日本ツアーが1万元(約18万円)を超えるようになったことも関係し、春節の書き入れ時に、日本旅行はそれほど伸びていません」

 中国国際航空の関係者も続ける。

 「習近平主席が主催した昨年9月の抗日戦争勝利70周年の軍事パレード以降、テレビの抗日ドラマが全盛で、『日本旅行は素晴らしかった』などと自慢しにくい雰囲気があります。
 中国人は海外の現地から『微信』(WeChat)で友人たちに自慢するのが大好きなので、そうした雰囲気に呑まれて、日本に行く気がしなくなるわけです」

 確かに中国でテレビのチャンネルを捻ると、『殺寇決』(倭寇を殺す決戦)『我的鉄血金戈夢』(我が鉄血の金の戈の夢)……と、ものものしいタイトルの抗日ドラマのオンパレードである。
 そしてそれらのストーリーはと言えば、残忍な日本兵が無辜の中国人たちを惨殺し、最後は中国共産党が悪の日本軍を駆逐するという、ワンパターンの勧善懲悪ドラマだ。

 北京テレビのディレクターが証言する。

 「これまでは『穿越劇』(タイムスリップ・ドラマ)と呼ばれる、主人公が過去と現在とをタイムスリップする冒険ドラマが大人気でしたが、習近平政権の意向で、今年からこの手のドラマが放映禁止となりました。
 その他にも、(習近平政権のキャッチフレーズである)『中国の夢』をドラマのテーマにしろとか、服や小道具は国産品を使えといった制約が多いのですが、抗日ドラマだけは事実上、検閲がない。
 そのため、検閲でお蔵入りになるよりはマシということで、抗日ドラマばかりになってしまうのです。

 わが局では、抗日ドラマ以外のドラマもやろうということで、習近平主席がファンだという女優・孫儷(スンリー)を主役に抜擢した秦朝のドラマ『月伝』を昨年暮れから放映し、大ヒットしました。
 中国人も正直、抗日ドラマを見飽きているということでしょう。

 それでも孫儷(スンリー)は、資生堂のキャンペーンガールをやっていることを気にしてか、ギャラの約1割を、恵まれない人のための施設に寄付したと聞きました」

■もう「並買い」しかしない

 中国では昨年末、習近平主席の命令で、8800万人の共産党員全員が、各支部の党の集会で、一年間の『自己批判』と『他人批判』を行うことを強要された。
 習近平主席は12月28日と29日に党中央政治局会議を招集し、共産党の「トップ25」も批判を展開。
 習近平主席と李克強首相を除く23人が自己批判する様子が、中国中央テレビのニュースで放映された。
 まるで1960年代の文化大革命を髣髴させるような嵐が吹き荒れているのである。

 中国のある大手国有企業の幹部が、昨年末に社内で起こった「内部事情」を吐露する。

 「わが社の共産党の集会では、
 『私は贅沢な日本旅行を楽しんでしまいました』
 『○○さんは日本旅行で買ってきた高価な物を自慢していました』
などと、日本に関する批判が相次ぎました。
 そして、今後の反省として、
 『これからは日本ではなく、中国共産党の革命の聖地を旅行します』
 『日本へ行って高価なショッピングを楽しむという人が周囲にいたら注意します』
などと決意表明したのです。

 かくいう私も、実は2月に、家族でさっぽろ雪まつりツアーを予約していましたが、キャンセルして、実家に戻ることにしました。
 子供には怒られましたが、日本旅行が理由で失脚するのは嫌なので、仕方ありません」

 習近平主席は'12年暮れに、「八項規定」という贅沢禁止令を発令。
 「トラもハエも同時に叩く」として、大々的な腐敗防止キャンペーンを始めた。
 今年1月12日には6回目の党中央紀律検査委員会全体会議を開き、「鉄を打つには自らも硬くないといけない」として、腐敗防止キャンペーンの継続を宣言した。
 1月19日に、世界が注視した「'15年の中国の経済成長」を発表したばかりの王保安国家統計局長も26日、「重大な汚職の嫌疑」で摘発されてしまった。
 こうした厳しい引き締め策も、やはり経済の悪化と無関係ではない。

 「今年は、破綻した国有企業や民営企業を淘汰する『1000万人リストラの年』になるでしょう。
 これまで国民は株で収入を補?してきましたが、いまや上海総合指数は、危険ラインの3000ポイントを大きく下回って2700台に突入。
 生活が逼迫して、海外旅行を楽しんでいる場合ではなくなってきているのです」(前出・李氏)

 昨年、中国人の「爆買い」で最も儲けたと言われた総合免税店「ラオックス」本社経営企画部のIR広報担当者も語る。

 「今年の春節には、昨年のような高額の福袋は置きません。
 中国人のお客様が高価なものより、安価な日用品を好む傾向が強まっているからです」

 「爆買い」から「並買い」へ。
 それでも日本に来てくれるだけありがたい。
 ショッピングに加えて、「一度訪日した中国人は親日派になる」と言われるからだ。

 だが習近平政権の強烈な引き締めによって、そんな中国人は減り、日本に落ちる「爆買いマネー」も激減することが予想される。
 習近平の「爆買い禁止令」が日本経済に与える影響の大きさについては、回を改めて述べよう。


<<続き>>

現代ビジネス 2016年02月09日(火) 週刊現代
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47738

中国経済の急減速に、原油安…
世界経済「同時株安」の正しい読み方
下げて上がって下げて下がる

■3兆円がふっとぶ

 「中国経済の急減速は、爆買い需要をあてにしてきたインバウンド業界はもちろんのこと、他の様々な日本企業、そして世界経済全体に大きな重しになっています」
 こう語るのはS&Sインベストメントの岡村聡代表。
 世界経済が中国に振り回されている。

 「年初来の金融市場の混乱の主因は、やはり中国。
 たとえば、1月4日に過度な株価の崩落を防ぐために、上海市場でサーキットブレーカーが発動しました。
 これは市場が7%以上下落したら、取引を停止するという制度。
 それがかえって市場の不安を煽り、初日から下落が止まらなくなった。
 中国の市場管理能力の甘さに愛想をつかせた機関投資家たちは、資金をどんどん引き上げています」(岡村氏)

 その結果、中国の株安・元安が進み、爆買い需要が収縮しつつある。
 日本総研の副理事長・湯元健治氏は、元安の進行が日本経済に与える影響は非常に大きなものがあると分析する。
 「中国人が日本で爆買い消費する額は、昨年1年間で3兆円を突破しました。
 この調子でいけば今年は4兆円だという見方もあったのですが、ここに来て風向きが変わってきた。
 中国人観光客によって日本のGDPは0.3~0.4%くらい押し上げられていると思われますが、その分が無くなってしまうと、GDPの実質成長率('15年度は1.2%程度)は1%を切ってしまうかもしれません」
 そうなると、日銀の黒田東彦総裁が掲げてきた2%の物価上昇目標は、ますます実現性のうすい「画餅」になる。
 なんとしてもアベノミクスを成功させるため、政府は今年度の補正予算を総額で3兆3000億円組んでいる。
 だが、中国人のインバウンド消費が激減すれば、補正予算の効果はすべてチャラになってしまうのだ。

株式市場の反応は早い。

昨夏より中国人観光客をあてにしたインバウンド関連銘柄は大きく値を落としている。例えば、観光客の爆買いで潤ってきたラオックス。昨年9月には410円をつけていた株価が、今年1月には半値以下の160円台まで下げた。

■6~7月が危ない

 証券アナリストの植木靖男氏が語る。
 「インバウンド関連銘柄は総じて難しい状況にあります。
 三越などのデパートを始め、マツモトキヨシ、ドンキホーテといった小売、資生堂やコーセーといった化粧品、日本航空、JR東海といった運輸関係にHISといった旅行業界。実に幅広い銘柄が売られている」
 インバウンド関連銘柄の多くは日経225に組み込まれていないため、日経平均への影響は直接にはない。
 しかし、訪日観光客が減少したというニュースが流れると、市場に与える心理的ダメージは大きいものがある。

 「日経平均は当面は上昇して1万9000円くらいまで戻す可能性もありますが、参院選前の6月から7月にかけて、訪日客減少といったニュースが取り上げられ、海外市場も冴えないとなると、1万4000円くらいまで下落する可能性があります」(植木氏)
 「1ドル=115円を割り込むまで円高が進めば、日経平均が1万5000円近辺まで急落する。
 爆買いストップが顕著になれば、さらに500円くらい下落してもおかしくない」(湯元氏)

 シグマ・キャピタルのチーフ・エコノミスト、田代秀敏氏は、
 「証券会社アナリストたちは、中国関連銘柄というだけで株式見通しをネガティブにしている」
と語る。
 「少し前までは中国関連はプラスの評価要因だったのに、今ではその真逆。
 中国に進出している企業の中には、四川省の成都でイトーヨーカドーが大成功しているセブン&アイ・ホールディングスのようなところもあるのですが、そういう会社も、ネガティブにしか報じられないので『中国関連』での取材を断っています」
 ことほど左様に、
 中国経済は世界経済のブレーキ役になっている。

 中国経済の減速は、日本のみならず世界の経済情勢、そして政治情勢までをも恐ろしく不安定化させている。 
 混乱に拍車をかけているのは、原油安だ。
 原油価格の先物指標WTIは1月20日に1バレル=26・55ドルをつけ、リーマンショック後につけた32ドルを大幅に下回った。
 原油安の原因は、需要サイドと供給サイドの両方にある。
 需要サイドの主たる原因が中国経済の失速である。
 いままで「世界の工場」として膨大な石油を消費してきた中国。
 その生産活動が停滞することで、需要が大幅に鈍化している。
 日本と中国に事務所を置く弁護士事務所の関係者が語る。

 「中国の製造業の落ち込みには、目を覆うものがあります。
 この一年、日中をまたがる仕事の大半が、『いかに中国の工場や会社をたたむか』という話ばかりです。
 ジョイントベンチャーの解消であったり、なかには夜逃げ同然で逃げ帰ってくる日本企業も多い。
 昨年、北京のリチウム電池工場を閉鎖したパナソニックが典型例です。
 製造業が落ち込めば当然、石油の消費量も細ります」

 その一方で、経済制裁解除でイランが石油を増産することになったにもかかわらず、サウジアラビアなどの産油国が減産しないという供給サイドの問題もある。
 原油安は、長い目で見れば資源を輸入している国の経済にとってプラスの材料だが、短期的には世界的混乱の要因となる。
 これまで資源ブームに支えられてきた資源国の経済はボロボロで、政治的混乱も引き起こしている。

 昨年12月にジルマ・ルセフ大統領の弾劾を求めるデモが拡大したブラジル。
 今年は南米初の開催となるリオ・オリンピックをひかえてお祭りムードになるはずだったにもかかわらず、あまりに経済状況が悪いので、国民の間では新年のあいさつを「'17年、おめでとう」と交わすのが流行しているという。
 経済的に悲惨な状況にある'16年をすっ飛ばしたいというブラック・ユーモアだ。
 国営石油企業ペトロブラスの汚職問題が明るみに出るなか、財務大臣が退任するなど、混乱が収まる気配はない。

 輪をかけて危ないのが中東情勢だ。
 GDPの43%を石油部門に頼るサウジは、長期化する原油安に耐え切れず、国営石油企業サウジアラムコの新規株式公開(IPO)を進めている。
 外資系投資銀行の関係者が語る。
 「実現すれば時価数兆ドル(数百兆円)の世界最大の企業が誕生することになり、株式公開に関わる投資銀行にとっては垂涎物の案件です。
 それにしても、国営石油企業をIPOせざるを得ないほど、サウジの財政状況が追い込まれているという事実は、想定外でした。
 サウジを始め石油産出国の国営ファンドは次々と市場から資金を引き上げています」

■アメリカのリスク要因

 加えてイランとの宗教的対立も高まっており、今まで比較的安定していると見られていたサウジ情勢が流動的になれば、イスラム国(IS)の勢力拡大も相まって中東で「火薬」が一気に破裂する可能性もある。

 新興国がこのようなありさまだから、リスクを嫌うマネーが行き着く先は決まっている。
 米国だ。
 「市場関係者は米国経済がバラ色でないことは承知していますが、比較的安全な場所として、消去法的に米国に資金を流しています。
 にもかかわらず、ニューヨークダウは年初から一時2000ドル近くも下落しており、米国市場自体も動揺していることは明らか。
 リスク回避としてのドル買いが進んでいること、そして昨年末に利上げがあったことでドル高基調が続いており、とりわけ製造業、エネルギー産業を中心に悪影響を及ぼし始めています」(前出の岡村氏)

 米インテルが1月14日に発表した'15年10~12月四半期の決算では純利益が1・3%のマイナス。
 S&P500を構成する500社の一株当たり利益も、同四半期に7%マイナスになる見込みだ(前年同期比)。
 昨年末、利上げに踏み切ったFRB(連邦準備制度理事会)のジャネット・イエレン議長は、年内に1~2回の再利上げを行うと見られている。
 前回の利上げで、明らかに動揺が広がっている世界経済に、さらなる利上げショックが走ったとしたら……。

 「次回の利上げは6月と見られています。
  イエレン氏の性格からいって、慎重を期すと思いますが、さらに新興国通貨安が進み、世界経済が不安定化する可能性もあります」(岡村氏)

 日経平均は下げて上がってを繰り返しているが、最終的には「下げて下がる」のが、今年の世界経済の正しい読み方なのだ。

「週刊現代」2016年2月13日号より




JB Press 2016.2.9(火)  姫田 小夏
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45991

ボーナス出なくて涙目、それでも爆買いは続くのか
中国人旅行客の買い物に頼り切るのは危険

 「春節」が2月8日に到来した。
 中国の春節が日本経済にこれほど大きな影響をもたらすとは、以前は考えられないことだった。今年も「爆買い」が日本各地を席巻するのだろうか。

◆「ボーナスなし」の企業が続出

 だが、日本では中国経済の失速を背景に、爆買いは「終止符を打つのではないか」という声が聞かれる。
 中国企業の業績が悪化して国民の財布のヒモがきつくなれば、当然、旅行消費も影響を受けるだろうという見方だ。
 春節前に支給されるボーナスはどうだったのか。
 昨年(2015年)後半から中国では、春節前のボーナスの支給動向が注視されてきた。
 今年は出るのか出ないのか?
 出るとすればいくらなのか?
 中国人の間ではそんな話題で持ちきりだった。

 そして、蓋を開けてみれば案の定「支給されなかった」ホワイトカラーが続出した。
 筆者の友人で中国企業の中間管理職に就くL氏もその1人。
 「ボーナスが出ないなんて初めてのことだ」と電話口で憤慨する。
 中国の経済紙「21世紀経済報道」の調査によれば、
 2015年のボーナスが「支給されなかった」と回答したホワイトカラーは、実に66%にものぼった。
 工場で働く労働者にとっては、ボーナス支給どころか各地で工場閉鎖が相次ぎ仕事がなくなった。
 昨年12月には「1億7000万人が早々と帰省の途についた」というニュースも伝えられた。

◆人民元切り下げの直撃を受ける「代購」

 為替の動きも無縁ではない。
 2015年8月に人民元が米ドルに対して約2%切り下がった。
 中国人の海外での買い物にじわじわと影響が出始めている。
 8月までは、訪日中国人観光客は1元=約20円のレートで買い物ができた。
 つまり1万円の商品を500元程度で買えた。
 だが1元=約18円となった今、支払う金額は555元。
 以前に比べると55元の増加だ。
 およそ10%も割高になった。

 海外で依頼者の代わりに商品を購入する「代購(daigou)」も直撃を受ける。
 爆買いは、自分で使う商品の購入というよりも、むしろ中国のネット販売に出品するための“商品仕入れ”を海外旅行者にやってもらうという側面が強かった。
 ツアーの添乗員が代購の組織から依頼を受け、観光客に買い物をさせることもある。
 言ってみれば中国への密輸行為なのだが、こうしたことが堂々と行われてきた。
 免税ショッピングサービスの大手、グローバルブルーが行った調査によれば、
 海外での中国人観光客の買い物のうち4割がこの「代購」だと言う。
 「元高円安」基調が終われば、日本で化粧品や家電、ゲームソフトなどを代理購入しようという意欲は減退するだろう。
 このまま代購はフェードアウトしてしまうかもしれない。

◆「訪日旅行はやっぱり安い」

 一方で、日本のインバウンドツーリズムの現場からは楽観論が聞こえてくる。
 大手旅行会社のスタッフは次のように話す。
 「すでに昨年同様、宿泊施設は予約でいっぱいです。
 昨年から航空会社が増便しているので今年もまたどっと押し寄せて来るでしょう」
 筆者は「2度目の訪日旅行を計画中」だという上海在住の中国人女性(26歳)に会った。
 この女性は、日本を訪れる理由を次のように話してくれた。
 「私の実家は成都市ですが、上海から成都に行くよりも日本に行くほうがはるかに安いんですよ」
 今回の日本旅行の目的地は愛媛県だ。
 格安航空会社を利用すれば、上海の浦東空港から松山空港までたったの99元(約1780円)で行けてしまう。
 燃油サーチャージを含めても往復で758元(約1万3640円)しかかからない。
 それに対して、成都への帰郷には往復で2460元(約4万4280円)もかかる。
 3倍以上もの開きがあるのだ。

 格安航空会社各社は日本の地方都市にも次々と新規就航や増便を図っている。
 今後もこうした格安運賃のツアーが、中国から“爆買い軍団”を日本へ運び込んでくる可能性は高い。
 中国の物価は依然として上昇を続けている。
 上海市内を走るタクシーの初乗り料金も最近14元から16元に上がった。
 外食や食品の値上がりもとどまるところを知らない。
 それに比べると、多くの中国人にとって「訪日旅行はやっぱり安い」のである。

◆2015年が異常だった?

 日本の観光庁の統計によれば、2015年の訪日外国人旅行者数は前年比47.1%増の1973万7400人となった。
 このうち、中国からの訪日客は4分の1を占める499万人で、前年の240万人から倍増した。
 訪日外国人旅行者の旅行消費総額は3兆4771億円に達し、その約4割が中国人による消費だったという。
 この「爆買い」は、まだしばらく続くのだろうか。
 旅行業界の専門家は次のように指摘している。
 「2015年は、円安効果や免税枠の広がり、クルーズ船の寄港や航空路線の拡大、観光地日本の人気拡散などがあり、日本を訪れる中国人が一気に増加しました。
 けれども、それはある意味『異常』ともいえる特別な1年でした。
 2016年は昨年のような急増が続くとは考えにくい。
 おだやかな成長になると見込んでいます。
 また、団体旅行の売れ筋価格が落ちてきています。
 7000~9000元台(約12万6000~16万2000万円)の高額ツアーが売れなくなってきました」

 観光庁の統計からも、2015年第3四半期まで右肩上がりで推移してきた旅行支出が、第4四半期に落ち込みに転じていることが分かる(下のグラフ)。
 今後これがどのように推移するのか気になるところだ。
 前出の専門家も
 「2015年の盛り上がりをベースに戦略を立てるのは危険」
だと警鐘を鳴らしている。


●訪日外国人1人当たりの旅行支出の推移
1人当たり旅行支出は中国が他の国籍・地域に比べて高い。2015年第3四半期から減少しているのが気になる。(出所:観光庁)

 中国人による大量の買い物は日本経済に大きな影響力を持つようになった。
 しかし、これに依存していていいのだろうか。
 かつて福島原発が事故を起こした際は、風評被害であらゆる日本の食品が敬遠された。
 「爆買い」の主は良くも悪くも口コミに踊らされやすい人々である。
 訪日旅行もいずれはブームがピークアウトする日がやって来る。
 爆買いへの過剰な期待は禁物である。

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