2016年2月6日土曜日

日本の医療サービス:クスリ爆買いの後は病院へ、数字で測れないソフト分野へ

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ダイヤモンドオンライン  2016年2月4日 莫 邦富 [作家・ジャーナリスト]
http://diamond.jp/articles/-/85712

中国人客を感動させる日本の医療サービス

 先日、BS11の報道ライブ21というテレビ番組に、ゲストとして出演した。
 テーマは、ホットなインバウンドだ。
 もう一人のゲストは三菱UFJリサーチ・アンド・コンサルティングの妹尾康志主任研究員である

 番組の中で、妹尾氏が、日本のメディカル・ツーリズムに触れ、つぎのようなコメントを出した。
  「日本のメディカル・ツーリズムはいっとき、思った通りに進まなかったが、
 この頃は、たいへん人気を得ている」
 確かにそうだったと思う。
 メディカル・ツーリズムをスタートさせたとき、日本側は中国の富裕層つまり金持ちの人たちだけをターゲットとする傾向があった。
 そのため、観光商品としてはあまり市場を広げることができなかった。
 中国においても特別の医療サービスを得られる環境にいる金持ちの人たちは、日本が期待していたほど日本の医療サービスに関心を払わなかった。
 実際、日本の医療サービスにより熱いまなざしを注いだのは中国の中産階級層の人たちだ。

◆治療を受けるための病院の受付番号もカネしだい

中国では、医療分野がもっとも失敗した分野の一つ、と言われている。
 今年の1月下旬、ある動画が中国のネット世界で信じられないほどの勢いでシェアされていった。
 携帯電話で撮影したこの動画のなかでは、ある若い女性が北京の広安門中医院という病院の玄関先で、サービス不在だけではなく、カネばかり追い求める病院側の体制の問題点とサービスの悪さを痛烈に批判している。

 1月中旬のことだ。
 東北部に住むこの若い女性は病気にかかったお母さんをその病院の専門医に診てもらおうと考えた。
 その医師の診察受付番号をもらうために、病院で夜を徹して列に並んだ。
 彼女の順位は2番目だったが、翌日の朝、病院が受付番号の配布を始めたときにはすでに、その受付番号はなんと全部配布されてしまったのだ。

 日本ではとても信じられないことだが、中国の病院に行くと、治療を受ける資格を意味するこの受付番号を売買するダフ屋が暗躍していることにすぐに気付くことができる。
 受付番号をもらうときに、病院側に外来診療料を意味する「掛号費」を支払わなければならない。
 専門医を指定した場合は、その金額が300~400元(約5400~7200円)くらいになっている。
 しかし、徹夜して列に並んでもこの受付番号を入手できない人たちは仕方なくダフ屋から入手するしかない。
 金額は10倍になってしまう。

 東北部からやってきたこの若い女性はあまりのひどさに憤慨して、病院の玄関先でこのおかしな体制を批判した。
 「ここは首都の北京でしょう!」という信頼を裏切られた憤慨が中国全土から共鳴を得て、動画があっという間に巷の話題となった。
 不作為だった病院側や警察側は世論の重圧を感じ、慌てて受付番号専門のダフ屋の退治に動き出した。
 これで問題が解決できるとはとても思わないが、中国の医療問題の深刻さの一端が逆にクローズアップされたと思う。

◆日本人には日常的な医療でも中国人にとっては非日常

 日常的にこんな医療環境に暮らしている中国人観光客が日本を訪れ、日本の医療サービスに接すると、信じられないと連発するほど感動を覚えた。
 観光の醍醐味は本来、その非日常性を楽しむことにある。

 しかし、中国人観光客を感動させたのは、日本の日常的な医療サービスそのものだ。
 言い換えれば、日本では日常的なものが中国人観光客にとっては非日常的なものに変わっていったのだ。
 そのため、感動は一層パワフルなものとなり、日本に対する高い評価として次第に中国各地に広がり、つい、いまのメディカル・ツーリズムの人気の下地を作るほどの規模となった。

 2004年頃から、私はいろいろなチャンネルを使って中国に向かって、次のように発言している。
 1978年から始まった中国の改革・開放時代には、隠れたスローガンがあった。
 つまり「日本に学ぼう」というものだ。
 ただ、その頃、日本に学ぼうと努力していた分野は鉄鋼や家電製品、自動車、新幹線など、ハード的な分野だった。
 いまは、中国はもう一度声を大にして、「日本に学ぼう」と宣言すべきだと私は思う。
 しかし、今度学ぶべき対象はむしろソフト的なものに変わってくる。
 医療サービスはまさにその典型例となった。

◆美容・医療などのサービス分野が今後の日中経済交流の主役となる

 番組のなかで報じられたある調査データーもなかなか面白い。
  「美容関連で憧れる国は?」
という設問に対して、来日経験のある中国本土・台湾・韓国・香港の20~49歳の女性800人の64%が日本を推した。
 韓国(57%)、フランス(26%)、アメリカ(17%)、香港(13%)、タイ(7%)
を圧倒した実績だ。

 数年前から私は日中間の交流はハードからソフトへ、有形のものから無形のものへと内容が変わっていくと主張している。
 日本の医療サービスや美容に関心を集めている中国人観光客の動きを見ると、まさにそのような動線を忠実に描いている。
 もちろん、市場も敏感に反応している。
 いまや、健康検査の仲介、医療通訳の紹介などを新しいビジネスチャンスとしてとらえている企業が6000社以上もある、と聞いている。
 まさに過熱気味になっている。

 ハード的なものを中心に日中間で交流していた頃は、商品の良し悪しはその商品の品質や規格、機能に出ていた。
 それは数字で測れるものだ。
 しかし、サービスが主役となり、日中経済交流という大きな舞台に登場してくると、
 その良し悪しに対する判断は数字で表現しにくくなっているし、
 表現しきれないところもたくさん出てくる。

 これは案外と近いうちに、これからの大きな課題として観光業をはじめその関連分野の企業や関係者を苦しませるかもしれない。
 早い時点からその対策を考える必要がある。